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首里城から延びる道(2) 真珠道1

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    首里城を起点とする五本の宿道を歩く。最初は真珠道です。

    (真珠道)
    真珠湊碑文、島添ビラ、金城町石畳、金城橋


    真珠道の起点は真珠湊碑文(まだまみなとひもん)。沖縄戦で失われましたが、首里城の首里杜館(すいむいかん)前の公園にレプリカがあります。



    左手が国王頌徳碑文(こくおうしょうとくひもん)。

    「首里おきやかもいかなしの御代に、ミやこよりち金丸ミこしミ玉のわたり申候時にたて申候ひのもん」

    第二尚氏王統の第三代国王尚真の神名が於義也嘉茂慧(おぎやかもい)。加那志(かなし)は様ですね。宮古島から(宝剣)治金丸と真珠が献上された際に建てられた碑文とあります。

    そこには、尚真王が立派な王だということが記してあります。

    何が立派かと言うと、それまでの王は、自分が死んだ時に家臣を同道させていたが、尚真王はそれを禁止させたと。

    同道って、グソー(あの世)に同道させるってことです。

    うぇ〜!!

    無茶苦茶しますねぇ。

    尚真王はそれを「非道の義」と見なしたと。

    そりゃそうでしょ。

    ところで、同道させる家臣はどうやって選ばれたのか。

    王の言うことを良く聞いて、真面目に仕事をした家臣が選ばれたのか。王の言うことをまったく聞かず、「こいつは生かしておいても役に立たんな」と思われた家臣が選ばれたのか。

    真面目にやってもやらなくても殺されたってことじゃないですか。_| ̄|◯

    それは非道と言うより、極悪非道。よくもまあと思ったら、この碑文には「男女とも競いすすんで同道し、その数二、三十人に及ぶ」と記されています。

    「本当かっ!!」と言いたい。


    呆れかえりますが、気を取り直して真珠湊碑文に進みましょう。





    「首里の王、おきやかもいかなし天のみ御ミ事に、ま玉ミなとのミちつくり、はしわたし申候時のひのもん」

    尚真様のご命令により、真玉湊の道をつくり、橋を渡した時の碑文とあります。

    有事の際はこの道を通り那覇港を守れと。


    さて、国王頌徳碑文と真珠湊碑文のレプリカは首里杜館(つまり駐車場の上)前の芝地にありますが、そこが真珠道の起点のはずがありません。

    真珠道の起点を守礼門の近くで見つけました。

    (続く)


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