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首里城から延びる道(3) 真珠道2

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    坂本万七写真集「沖縄・昭和10年代」に収録されている守礼門です。



    坂本万七さんは戦前の「沖縄の風景」を数多くの写真に収めています。

    真玉橋(まだんばし)

    __.JPG

    石火矢橋(いしびゃーし)

    20110226124912_0.jpg

    いずれも真珠道の通る橋です。


    先ほどの守礼門の写真に戻ります。

    守礼門の先の右手に見える石造物を石門(いしじょう)と呼びました。今はありません。



    そこが真珠道の起点です。


    今朝の守礼門です。



    緑色のカバーが施された正方形のスペースに、戦前まで、真珠湊碑文がありました。



    碑文は石室の中にあり、石室の開口部は右を向いていました。その左手に2メートルほどの間を空けて同じような石室があり、そこに国王頌徳碑文がありました。その石室の開口部は左。

    すると、二つの石室の壁が並ぶことになり、それが石門のように見えたんですね。

    真珠道は二つの石室の間に挟まれた石段を上ることで始まったのでした。


    次の写真は綾門大道(あやじょううふみち)の発掘調査を行っているところ。二枚上の写真と同じアングルで、奥に守礼門が見えます。



    真珠湊碑文のあった場所(左上)で男性が作業しています。

    守礼門に向かう綾門大道と排水溝がわかりますね。その排水溝を跨いで左手に向かう石畳道が1メートルほど露出しています。

    嗚呼、おいたわしや。真珠道の起点です。

    「もっと左手に掘り進みなさい!!」と言いたい(笑)

    やはり、本物の首里城は地中に埋まっているんですねぇ。


    真珠道(地中ですが)を少し進むと、島添ビラ(シマシービラ)の入口があります。



    今は、この場所が真珠道の起点と思われていますね。

    そこから守礼門方向を振り返ります。



    この車道の歩道部分が、概ね、真珠道と重なっていると考えて良いでしょう。


    話は変わりますが、この車道は守礼門の後ろや円覚寺の前を抜けて、龍潭通りに繋がっています。以前は車で通り抜けることができました。

    首里城を車から見える場所は案外少なく、龍潭の脇から数秒見える程度です。首里城をゆっくり歩く時間が無い観光客にとって、先ほどの車道は便利でした。夜は首里城のライトアップが美しく「まあ素敵」と喜んでいただけたものです。

    ところが、数年前から通行止めになってしまいました。そもそも首里城に無かった車道を造っておきながら、今度はそれを通行止めにする。

    「何しとんねんっ!!」

    と言いたい。

    通行止めにした理由は知りませんが、交通整理が面倒くさくなったのではないかと思います。そんなことなら、最初から造らなけりゃあいいのに。

    「真珠道を元どおりに戻せ!!」

    と言いたい。


    真珠湊碑文と国王頌徳碑文のレプリカを本来の位置に戻す予定があるそうですから、その時は車道を無くして、真珠道を掘り返していただきたい。

    ボロクソに言っておきながらではありますが、何卒、よろしくお願い致します。m(__)m


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