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首里城から延びる道(5) 国頭・中頭方東海道1

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    首里城を起点とする五本の宿道を歩く。二本目は国頭・中頭方東海道です。

    (国頭・中頭方東海道)
    歓会門、円覚寺南側、天王寺東側、読谷山御殿西側、久場川ビラ


    スタートは歓会門。首里城のウェルカムゲートです。



    対に配置された獅子が城を護ります。

    向かって右手に、口を開けた阿形と、



    左手に口を閉じた・・



    ありゃ、おまえ。何してんの?

    口を閉じなさい。

    「何で?」と問われたら、返す言葉は無いんやけど。なら、まあええか(笑)


    歓会門を出て、園比屋武御嶽で道中の安全を拝み、ハンタン山の坂を下ります。



    坂の途中に大アカギがあるはずが、そこにあるのはガジュマル。



    アカギは戦火で枯れてしまいましたが、その幹は硬くて丈夫。それにガジュマルが巻きついたんです。→詳しくはこちら


    左手に円覚寺を見ながら、城壁に沿って歩きます。



    再び、坂本万七写真集「沖縄・昭和10年代」を見ましょう。



    さすがは琉球王朝の菩提寺。その風格にため息が出ます。いつになったら復興されるものやら。御内原が終わったら、是非、着手いただきたい。


    城壁に沿った石畳道になりました。



    ところが、この石畳道は歩かずに、左手のコンクリートを歩きなさいってことになっています。

    何のために石畳道を復興したんやっ!!

    ちゅうことですわ。

    そして、最近造った石畳道は歩いてよろしいと。はいはい。




    坂を下りた所に、建善寺の入口跡がありました。



    第二尚氏の時代、円覚寺、天界寺、天王寺は三大廟と呼ばれていました。建善寺は天王寺の末寺。つまり、本山である天王寺の支配下にあったということ。

    本山と末寺。それが、本末転倒の言葉の由来です。

    建善寺には広い庭園があったそうで、今も当時の井戸が残っているそうです。ところがそこは民家の庭。

    「ちょっと井戸を見ましょうね」とは言いにくいのよね。


    この辺りは寺院が集まっていた場所で、言わば首里の寺町でした。このスージを抜けると龍潭通りです。



    (続く)


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