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首里城から延びる道(9) 国頭・中頭方西海道1

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    首里城を起点とする五本の宿道を歩く。三本目は国頭・中頭方西海道です。

    (国頭・中頭方西海道)
    久慶門、龍淵橋、松崎馬場、当蔵カジマヤー、安谷川御嶽、平良橋


    スタートは久慶門。



    美しい御門です。左右の城壁が羽根を広げたように見え、その姿に胸がすく思いがします。

    いや、実に美しい。


    円鑑池(えんかんち)に沿って、龍潭に下ります。

    円鑑池の天女橋(てんにょばし)と、

    20120520092109_0.jpg

    龍潭への水路に架かる龍淵橋(りゅうえんきょう)。



    かつて、国内最古の石造アーチ橋は長崎眼鏡橋(1634年架橋)でしたが、琉球が日本に併合された日から、最古の石造アーチ橋は天女橋と龍淵橋になりました。

    二つの橋が同時に造られたのは1502年。長崎眼鏡橋の架橋より130年も前のことでした。


    龍淵橋をアップで撮りました。



    アーチを構成する石材を迫石(せりいし)と呼びますが、龍淵橋の迫石は左右に一つずつ。アーチの頂点が迫石の接点となる合掌形です。

    これはつまり、グスクの城門。いくつもの迫石を半円形に積み、アーチ頂点に楔石を打ち込む形式とは異なります。



    「じゅあ、楔形の石造アーチ橋では長崎眼鏡橋が最古じゃん。やっぱ、石造アーチ橋と言えば楔形でしょ。」

    と言いたいでしょうが、国内最古の楔形石造アーチ橋は浦添の安波茶橋。架橋は1597年のことでした。

    20110414220017_0.jpg

    フッフッフ。

    まあ、どっからでもかかって来なさい(笑)


    この時代、文化の流れはすべからく西から東。長崎眼鏡橋が大和の西端にあることは偶然ではありません。

    国頭・中頭方西海道を歩けば、歴史的石造アーチ橋トップ3を体感できます。


    さて私は、龍潭東岸を歩きたいのですが、遊歩道が通行止め。仕方ないので西岸を歩きます。



    龍潭の東岸から突き出た小さな半島には松が植えられ、松崎と名付けられました。



    冊封使を歓待する爬龍船競漕の際には、ここに桟敷き席が用意され、その後方には松崎馬場がありました。


    龍潭をぐるっと周り、龍潭通り側から馬場跡へ入ろうとしましたが、県立芸大の敷地ってことで通行止め。門の位置から写真に撮りました。



    松崎馬場は私の位置から、写真左奥の森に向かって延びていたようです。石垣が見えているので、あそこまで行ってみたいのに、「関係者以外おことわり」って貴方。芸大は松崎馬場の関係者なんでしょうか。

    松崎馬場は、石灰岩を細かく砕いて舗装され硬く締まっていたそうで、今も当時のまま地中に眠っています。

    そのうち馬場が復興されるでしょうから、馬場と関係の無い芸大は、この門を後ろに下げなさい。


    宿道は首里城を出て龍潭通りに出ました。当蔵カジマヤーと呼ばれる交差点です。

    (続く)


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