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首里城から延びる道(10) 国頭・中頭方西海道2

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    当蔵カジマヤーの向こうには中城御殿跡の東南角。



    「♪大村御殿の角なかい 耳切坊主の立っちょんど」

    と、首里の子供達が歌ってるように、ここに耳切坊主が現れていました。

    黒金座主の耳を切り落とした北谷王子の屋敷(大村御殿)がここにあったのですね。しかし、後に中城御殿が移って来たので、大村御殿は他の場所に移りました。

    だから、耳切坊主はもうここにはいません。

    ここからの下り坂が安谷川坂(アダニガービラ)で坂下には石造アーチの下之橋(シムヌハシ)があります。


    以前の投稿「首里、安谷川坂の風景」で、

    安谷川御嶽と

    20110604064008_0.jpg

    安谷川、

    20110604064059_0.jpg

    下之橋を訪ねました。

    20120520084056_0.jpg

    そして、士族屋敷(仲田殿内)跡で創業した玉那覇味噌醤油工場(跡地)。

    20110511205609_0.jpg


    今日は、前回見逃した場所を訪ねます。

    20110511205446_0.jpg


    (1)安谷川御嶽の洞窟

    拝所の左手を抜けると、



    こんな場所に出て、



    その奥に洞窟があります。



    こちらが本来の拝所だそうで、洞窟内には数人が座れるスペースがありました。分かりにくい所に隠れていますが「絶対にある」と思って探せば見つけることができるでしょう。


    (2)ミーマクビリ

    次に、下之橋の手前のスージを左に入ります。

    その先にある、この小さな坂道がミーマクビリ。左手の敷地が二代目聞得大君の嶺間御殿跡です。



    先日、国頭・中頭方東海道でミーマガーラ(嶺間川)を知り、そのネーミングの美しさに感激しました。また、少し前に西原の御茶多理クビリを歩き、そのくびれに魅了されたのでした。

    それがミーマクビリって。もう、最高じゃないですか。

    ところが、このミーマクビリはまったくくびれていません。何かの意図があったのか、単なる誤用か、クビリとビラの混在がありますね。


    (3)奥武殿内跡

    こちらは、ミーマクビリのすぐ近く。奥武殿内のお屋敷です。



    立派な石垣と石門です。分厚さが違います。

    奥武殿内は玉城間切奥武村の脇地頭職を務めた家系です。つまり士族。

    上の写真を見ると、石段の面に傾斜があります。石段と石垣の関係も微妙に垂直ではありません。そして最初の石段は石垣に食い込んでいます。

    私の位置から左手奥の屋敷に入るには、左折、右折、左折となります。ここを前後で担いだ籠が入る様子を想像してみましょう。

    実に入りやすい気がします。

    微妙なバランスの悪さは籠が入りやすくするための工夫で、それを知れば、絶妙なバランスに見えてくるから不思議です。

    やはり、優れた機能には美しさがあるのですねぇ。


    下之橋を通過した宿道は儀保(ジーブ)に向かって、徐々に上り坂となります。

    (続く)


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