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糸満市阿波根「潮平権現壕」

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    糸満市阿波根の「潮平権現壕」を訪ねました。



    潮平、阿波根、座波の三集落の中間にある自然壕で、住所は阿波根ですが潮平に属する地形です。


    農作業用の道を進むと、鳥居が見えました。



    この鳥居は戦後に建てられたもの。「潮平権現壕」はその時に付けられた名前で、それまでは「シータラーガマ」と呼ばれていたそうです。


    鳥居の奥に壕の入口がありました。





    壕内に入るには潮平区の許可が必要ですが、許可されても入る気になれないほど狭い入口です。ところが、中に入ると200m以上の奥行きがあるそうです。

    この壕には潮平集落の住民約560人が避難していました。200mに560人ですから、一人あたり35cm。壕の外には出れませんから、炊事は壕内で行われました。黒煙が壕内に充満し、生還後一年以上、黒い痰が止まらなかった人がいたそうです。飲み水は壕内を流れる泥水でした。


    この壕の前に立ち、救われた気持ちになるのは、この壕にいた全員が生還したことを私が知っているからです。

    沖縄戦集結間近の6月14日。米軍の呼びかけに応じた住民達は次々に壕から出てきました。潮平集落の住民をすっぽり飲み込んだ壕は、約3ヶ月、彼らの命を守り抜いたのです。

    それは、まさに奇跡。

    「潮平の住民全員は、あの壕から産まれてきた」

    いい言葉だぁ(泣)


    潮平集落の住民は、壕から生還した旧暦5月5日に集まり、壕に感謝の気持ちを伝えているそうです。




    避難した住民全員が生還できた南部の壕で、これほどの規模のものは他に無いと思います。

    壕内での3ヶ月。偶然や、人の意思や、様々な要因が積み重なって奇跡が起きました。とは言え、やはり決定打になったのは、そこに日本兵がいなかったということ。

    でもまあ、理由はどうであれ、集落の全員が生き延びた事実を喜びましょうか。


    コメント
    軍隊といっしょに行動すれば安全だと思い込んでた人もたくさんいたらしいですね。
    そのせいで玉砕を強要されたり。
    うちの祖母も米艦載機の空襲があったときに、なぜか高射砲部隊の陣地に避難したそうです。
    「死ぬぞ!あっちへ行け!」と怒られたと聞きました。
    あの時に追い払ってくれた兵隊さんには感謝ですね。
    • jaha
    • 2016/03/22 12:33 PM
    軍隊は国は守るけれど、国民を守る意識は無いでしょうね。

    じゃあ国って何?ってことになりますよね。

    • coralway
    • 2016/03/22 6:07 PM
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