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牧志の散歩(8) オバぁの引退

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    桜坂の平識(へしき)商店が閉店しました。



    私は観光客時代を含めて、二、三度そばを食べた程度で、馴染みの店ではありませんでしたが、桜坂劇場の前にオバぁと娘さんが営む、マチヤグヮー兼そば屋があるという意識はありました。

    店頭にはオバぁからのメッセージが。



    桜坂通りの皆様、マチグヮーの皆様へ

    昭和28年から平成28年までの六十二年間、現役で頑張りました。
    九十二歳になりました。元気です。
    リハビリで腰痛もずいぶん良くなりました。
    そろそろ、ゆっくり東村で暮らします。
    本当にお世話になりました。
    ”ありがとう”

    感謝(平識ツル子おばぁ)



    平和通り近くの丘に百本の桜が植えられ、桜坂と呼ばれるようになったのは昭和27年のことでした。現在の桜坂劇場の場所に沖縄芝居の「珊瑚座」が開場したのもその年です。

    ツル子オバぁが珊瑚座の向いに平識商店を開いたのは、その翌年ということになります。


    その後、桜坂は沖縄県一の繁華街として隆盛を極めましたが、若狭、辻、松山などにその座を奪われ、やがて「場末」と呼ばれるようになりました。珊瑚座は映画館となり、その映画館も閉館することになってしまいます。

    芝居や映画を観終わって、ちょっと一息入れるには絶好の場所にあった平識商店ですから、映画館の閉館はピンチです。

    その映画館の運営を引き継ぐことになったのが、「ナビィの恋」の中江裕司監督でした。平成17年、桜坂シネコン琉映は桜坂劇場として再生され、劇場を中核に桜坂は文化的な大人の街として生まれ変わりました。

    そして今、桜坂中通りの拡張工事、農連市場の再開発などにより、周辺の街並みが変わりつつあります。

    オバぁは、店の真ん前にこんなホテルが建つことを予想できたでしょうか。



    でもまあ、映画館が閉館して売上が落ちたとか、あるいは周辺の再開発で立ち退きを迫られたとか(えっ、そうなのか?)、そんな理由ではなく、オバぁが引き際を自ら決めることができたことは良かった。

    92歳と言えば、農連市場でも最年長です。その歳まで元気で「そろそろゆっくりします」と言えるのはうらやましい限りです。私も30年ほど先で、そう言ってみたい。


    お疲れ様でした。東村でゆっくり長生きして下さい。


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