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久茂地尋常小学校の遺構(3) 説明会

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル


    久茂地尋常小学校の遺構説明会に参加しました。



    沖縄戦で焼失した久茂地尋常小学校は、当時の資料がほとんど残っていないそうです。那覇市文化財課主催の説明会は、市民への情報提供の場であり、情報収集の場でもあります。

    上の写真はたった一枚残っているもので、南向きの正門を入って校舎、その裏に校庭(体操場)、校庭の裏が一銀通りです。


    校舎の入口に説明者が立っています。



    校舎は左奥に向かってL字に曲がっていて、右手の人が立っている場所が校庭です。礎石の間隔からの推定で、校庭側には廊下があり、3.5間×4.5間の広さの教室が4室並んでいたようです。

    次の写真に多数の礎石が見えます。大きな礎石は柱と屋根を支え、小さな礎石は床を支えていました。




    校舎前にある煉瓦組みの用途は不明です。こんな時に尋常小学校OBが現れて「これは花壇だよ」と言えば解決ですが、残念ながらそうはなりませんでした。



    こちらは八角形の石組み。手洗い場ではないかとのこと。




    尋常小学校の遺構は、久茂地小学校の校庭を約40センチ掘った場所で見つかりました。

    戦前、このあたりは湿地帯の埋め立て地で水はけが悪く、雨の後の校庭は使いものにならなかったそうです。その校庭は焼土となり、赤味を帯びていました。

    先ほどの煉瓦組みの写真にある円形のコンクリートは、戦後この場所に建てられたツーバイフォーの礎石です。その間隔がフィートなので米軍が建設したもののようです。


    広大な湿地帯に長虹堤が築かれ、埋め立て地に上級神女(なは大あむ)の屋敷が建ち、後に久茂地尋常小学校と久茂地小学校が101年の歴史を刻みました。

    この場所には市民会館が建つ予定ですので、この校庭を再び見ることができるのは数十年先になるでしょう。

    その時、那覇はどんな街になっているんでしょう。私はとっくに死んじゃってますが、今の小学生達が私の年代になり、遺構の様子をブログに投稿してるかもしれません。


    コメント
    完全に出遅れましたが、今年もよろしくお願い申し上げます。

    空襲の爆撃でも、こうやって残るものなんですね。
    ケービンの転車台跡は、あれからどうなったんでしょうか?

    あ、数十年後、Cさんのカジマヤーには駆けつけたいと思います。
    • mersy
    • 2017/01/16 11:11 AM
    mersyさん

    こちらこそ、よろしくお願い致します。

    遺構の保存には、埋めもどすのが一番だと思うようになりました。久茂地尋常小学校も軽便の転車台も計測して写真を撮り、地中で保存することが適当と思います。

    私のカジマヤーなんて、もうすぐですよ(笑)
    • coralway
    • 2017/01/16 11:55 AM
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