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琉球王朝の街道「国頭方西海道」(2)

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    昨日に続き、国頭方西(くにがみほうせい)海道の話題です。

    国頭方西海道の基点は読谷村の喜納です。

    当時の喜納番所(役場)付近は、今、道の駅として整備されています。

    CIMG4487s.jpg

    那覇と国頭の中間点に位置し、那覇からも、国頭からも、朝出発すると夕方ここに到着します。

    そのため、このあたりは宿場街として栄えたようです。

    そして、喜納から恩納村方向に国道58号線を走り、山田城跡の標識を右折したあたりに、海道の一部が残っています。

    CIMG4466s.jpg

    薄暗い道が続きますが、時々海が見える場所があり、その時はほっとした気持になります。

    CIMG4490s.jpg

    次の写真は海道に架かる「山田谷川の石矼(いしばし)」です。

    CIMG4493s.jpg

    平成元年に修復されたそうですが、このように整備を進めてゆけば、海道を訪れる人も増えるでしょう。

    海道を少し歩いてみましたが、琉球王朝の時代を偲ぶには、なかなか良い場所した。

    でも、人気が少ないので、女性一人で歩くのは控えたほうがいいでしょうね。

    海道を更に進むと、昨日のイユミーバンタに出るはずです。

    ところで、国道58号線に設置されていて、山田城跡を示す案内がこれです。

    CIMG4501s.jpg

    実は、山田城跡は未整備らしく、なんとか場所はわかりましたが、城跡の形跡が見当たりません。

    また、この案内の後、まったく道標がありません。

    私が見落としているのだろうと考え、あたりを何度も往復しましたが、結局、城跡はわかりませんでした。

    この案内を設置した人は、現地を歩いてみたのでしょうか?

    多くの人がこの案内に従って、戸惑う結果になっただろうと思います。

    現在の喜納番所は観光案内所になっているので、そのことを尋ねてみました。

    「あのあたりに山田城があったという意味の案内でしょう。ここは読谷村ですから、苦情は恩納村に言って下さい。」だそうです。

    駄目だよぉ。そんなこと言っちゃぁ。

    ため息が出ました。

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