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香港通りはどこなのか?(1) 女王と女傑

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    糸満の金城夏子さん(1916-1954)と照屋敏子さん(1915-1984)。

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    5年ほど前に、二冊同時に読みました。

    本が発売された頃の琉球新報の書評に、この二冊が取り上げられていますので、少し長いのですが引用します。(番号は私)

    (1)先に講談社ノンフィクション賞を受賞した奥野修司の『ナツコ 沖縄密貿易の女王』(文藝春秋社刊)が、糸満市の女性団体を中心に大きな話題となった。今度も東京で沖縄料理の店を開くヤマトゥンチューが、また一人糸満出身の女傑「照屋敏子」の生き様をつづった本を出し、小学館ノンフィクション大賞に輝いた。糸満に生を受けた者として大いに喜びたい。

    (2)著者の高木凜は、シャンソン歌手の石井好子が語る「照屋敏子」に興味を持ち、その石井から「照屋敏子を書いてごらんなさい」といわれ、「大宅壮一が、石井好子が出会い、愛してやまなかった照屋敏子とはいかなる女性だったのだろう」か知りたくなり、「敏子を訪ねる旅に出ることにした」という。

    (3)照屋敏子は、24年前の1984年に68歳で亡くなっているが、生存中にいろんなところで、いろんな人と、多くのことを語っている。その語りが新聞雑誌等に記され、敏子の言動は多くの人の知るところである。

    (4)本書は、照屋敏子の生涯を多くの新聞雑誌の記事や関係者の証言、資料等から時代背景を踏まえながら整理されているので、敏子が「沖縄の自立」を叫んで次々と事業を拡大していったことにうなずける。

    (5)しかしながら、本書が『婦人公論』の「間貸し国『沖縄』の女たち」、『オキナワグラフ』の「糸満女傑の土根性 照屋敏子さんの自立経済論」、『女性自身』の「音に聞く沖縄の女傑 照屋敏子さんの二度の涙」、『時代を彩った女たち 近代沖縄女性史』等の照屋敏子の記録に依拠しすぎる感は否めない。

    (6)「夫が獲ってきた魚を妻が現金で買い」、その売り上げが「ワタクサー」となるということや「糸満漁師の勇敢さは(中略)過酷な年期奉公によって作りだされたものである」など、誤解を招く記述がまたしてもあることには、「糸満市の歴史と文化」を語る者として、もっと説明していかなければならないと感じた。

    (7)糸満出身の女傑は、ナツコや照屋敏子だけではない。金城カネもおり、今後新たな発掘がなされ、ノンフィクション大賞につながる著作が出てくることを期待したい。

    (金城善・糸満市教育委員会生涯学習振興課長)


    ク〜〜!!

    (5)と(6)がグサッとくるわぁ。二冊の本の著者はいずれもナイチャー。お二人と比較するのはおこがましいけれど、私のブログもまったくそのようなことでございます。m(_ _)m

    (続く)


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