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琉球に来たジョン万次郎(1) 大渡浜、翁長

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル


    糸満市の大渡浜です。



    土佐の漁師、中浜万次郎(1827-1898)は14歳の時黒潮に流され鳥島に漂着しました。143日後、米国の捕鯨船ジョン・ハウランド号に助けられて渡米。英語・数学・測量・航海術・造船技術などを学び、その後、捕鯨船員となりました。

    万次郎は、鎖国中の日本に漂着した米国の捕鯨船員が虐待を受けていることを知り、仲間に安心して漁をさせたいと、日本への帰国を決意します。万次郎が大渡浜に上陸したのは1851年2月2日。24歳の時でした。



    当時の日本は海外渡航者の帰国を禁じており、密入国者は死刑に処せられた時代です。まず琉球に上陸することを選んだ万次郎には、日本帰国までの計算があったようです。


    薩摩藩の取り調べを受けた後、万次郎は豊見城市翁長の高安家に軟禁されました。集落内の自由は与えられていたようで、翁長の人達と交流し、ウマチーの綱引きにも参加したそうです。

    翁長集落にある「ジョン万次郎記念碑」。



    石碑の前は万次郎が綱引きを経験した翁長馬場跡です。




    ところで。記念碑の場所はネットで簡単に検索できますが、現役の住宅である高安家の住所を調べることは簡単ではありません。だから、翁長集落内のスージをしらみつぶしに歩くしかないのですが、これが楽しくて楽しくて(笑)

    私には手掛かりがありました。それは万次郎が綱引きに東(アガリ)で参加したというもの。つまり、高安家は翁長集落のナカミチより東にあるということです。

    そして、突然。



    いやぁ、嬉しいわぁ(笑)。

    万次郎がここで暮したのは170年近く前のこと。建物は当時のままではありません。

    (続く)


    コメント
    公民館へ
    家さがしをする事は何度も経験しています。
    まずは、公民館を訪ねて聞く事から始めます。
    そして、年配らしきおばーをナンパして聞くことです。
    この半年、私も同じ事をしています。
    ハワイで亡くなった戦時捕虜(PW)の遺族探しでした。
    • NAO
    • 2017/04/09 10:24 AM
    この日は時間があったので、集落を観察しながら散歩しました。次回西側を歩いて「翁長の散歩」で投稿する感じです。
    • coralway
    • 2017/04/09 11:17 AM
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