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阿麻和利の墓

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    読谷村の古堅(ふるけん)に阿麻和利(あまわり)の墓があります。

    CIMG4601S.jpg

    勝連の按司(あじ)であった阿麻和利の墓がなんで読谷にあるのか、まったくピンときません。
    読谷の座喜味城は阿麻和利のライバル、護佐丸の居城でしたから、なおさら不思議です。

    読谷村の観光パンフレットにはこの墓の位置が記載されていますから、阿麻和利の墓とする根拠が何かあるのでしょう。

    護佐丸は阿麻和利によって殺害され、阿麻和利はその敵討ちにあって死んだと言われています。
    その際、敵討ちを果たした者が、阿麻和利の遺体を読谷に持ち帰り、葬ったのだとする説があるようですが、何か、後付けの説明に聞こえます。

    それにしても、阿麻和利の墓の付近には何の解説も無く、途中、墓の場所を示す標識もありません。
    本当にこの墓の下に阿麻和利が眠っているのなら、まったく酷い扱いです。

    読谷村もはたして本当の墓なのか、半信半疑なのかもしれません。

    多少救われるのは、2本のガジュマルに囲まれている阿麻和利の墓のそばに、御嶽(うたき)があることです。この御嶽のお陰で、当面、墓が失われる心配はなさそうです。


    すっきりしない投稿でしたから、最後に読谷の美しい夕日をどうぞ。

    この風景は阿麻和利や護佐丸が他界した550年前から、変わりようがありません。

    CIMG4600s.jpg

    コメント
    元は読谷に居たからじゃないですか?
    阿麻和利様は読谷の屋良の人
    だったから?
    • よしと
    • 2012/11/28 1:23 AM
    よしとさん、こんにちは。

    そうかもしれませんね。

    阿麻和利の墓である可能性が高いのなら、読谷村は、案内板を設置するなどしてはどうなんでしょう。

    私有地だそうなので、難しいのかもしれませんね。
    • coralway
    • 2012/11/28 12:12 PM
    古い記事ですが、アマワリの墓は、勝連城跡の近くにあります。そちらは違います。
    • sa
    • 2014/03/02 8:23 AM
    勝連のどのあたりなんでしょう。ご存知なら教えて下さい。
    • coralway
    • 2014/03/02 11:29 AM
    そうです。アマワリのお墓は勝連です。西原です。
    • sato
    • 2014/03/17 7:00 AM
    satoさん。西原とは与那城西原のことですね。

    それが阿麻和利の墓であるとする根拠は何なのですか?

    よかったら教えて下さい。

    • coralway
    • 2014/03/17 12:51 PM
    すみません。私も1ヶ月前に聞きました。私達先祖にあたり、ある方から、アマワリのお墓、南山のももとふみあがり、親である尚泰久のお墓に行ってみて下さい。と言われております。その方は、守護神が伊波按司の娘、早い話が尚泰久の母親に当たります。尚泰久のお墓もクンチェー墓で、今は南山にあります。確認してみますが、恐らくアマワリもクンチェー墓。なので、あまり部落で隠していると思います。確かに屋良で生まれ、一時、アマワリの母親のコウロウは、うちの大家にありましたが、今は別の場所に移動しました。
    • sato
    • 2014/03/17 7:21 PM
    管理者の承認待ちコメントです。
    • -
    • 2014/03/17 7:24 PM
    ショウハシの母親も伊波按司の娘、尚泰久の母親も伊波按司の娘、ももとふみあがりは、尚泰久とゴサマルの娘の間に生まれました。ももとふみあがりは、知花按司の鬼大城賢雄と結婚したがったらしいが、政略結婚でアマワリの嫁に。大城賢雄と逃げたが、賢雄は金丸に直ぐに殺られました。ショウハシの母親も尚泰久の母親も伊波按司の娘なので、金丸にお墓を潰されるのを恐れて、今のような形になっています。アマワリは今も首を探している、姿を目撃されています。
    • sato
    • 2014/03/17 8:58 PM
    satoさん、ありがとうございます。

    護佐丸も伊波按司の子孫のようですね。勉強してみます。

    私は、尚巴志、泰久王、百度踏揚のお墓を訪ねてますよ。

    http://coralway.jugem.jp/?eid=1741
    • coralway
    • 2014/03/18 12:55 PM
    アマワリの子孫が滅びた時に、伊波按司から、養子に行ってます。
    • sato
    • 2014/03/18 9:17 PM
    訂正です。西原は別の方のお墓で、古堅がアマワリだそうです。すみません。しかし、あのお墓はやはり、クンチェー墓だそうです。
    • sato
    • 2014/03/25 8:32 PM
    来週以降、アマワリのお墓に連れて行くというので、西原は何のお墓か?古堅が確かか?連絡します。
    • sato
    • 2014/03/25 8:35 PM
    satoさん、ありがとうございます。

    お墓参りの結果は、是非、知らせて下さい。

    それにしても、伊波按司と、それ以降の系譜は面白いですねぇ。お陰さまで、いろんなことが分かってきました。

    • coralway
    • 2014/03/25 9:14 PM
    この話は、ただの作り話かもしれませんが、私が聞いた話です。アマワリは、ゴサマロとの、戦いの件で、追われ、島流しの島に行き、自分の名前を偽り、その島で一生を過ごした、という話を聞いたことがあります。その偽った性が、「阿利」という性。その当時、島流しの島だった「波照間島」 この、「阿利」という性は、波照間島にしかありません。「阿利家」の真正面に、御嶽があります。 なんの関係があるのか島の人も知っている人はいないと思います。こんな話聞いたことある人はいませんか?

    • あじゃまー
    • 2014/05/28 10:59 PM
    あじゃまーさん

    なるほど〜。

    大城賢勇が率いる王府軍に、勝連城は攻め落とされましたが、不思議なことに、勝連城には争った痕跡が無いって話があります。

    つまり、部下の命を救うために、阿麻和利が無血開城したとする説です。

    だとすれば、阿麻和利は命までは奪われず、島流しになった可能性はありますね。

    このあたりご存知の方、コメントをお待ちしています。

    • coralway
    • 2014/05/29 9:26 AM
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