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会社の寿命(5) ヘリ会社のその後

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    ヘリ墜落後のヘリ会社は、事故調査が完了した時期に社長が退任し、今年になって千葉のヘリ会社と合併しました。存続会社は千葉の会社です。

    私はヘリ会社の情報を報道で知るだけですので、内情はよくわかりません。しかし、大まかな流れとしては、社長の辞任後に株主構成が変わり、筆頭株主となった会社が、千葉のヘリ会社に事業譲渡したのではないかと推測しています。


    私が最初に勤めた鉄鋼メーカーが他社の子会社になってしまった事は、世界的な鉄鋼業界再編の一環と言えるので、誰が経営者でも同じ結果になったでしょう。ところが、ベンチャー企業とヘリ会社には事業継続の可能性が大いにありました。

    ベンチャー企業が良からぬ取引に巻き込まれ、金融庁に目をつけられたのは私の入社前の話で、ヘリ会社の遊覧ヘリが墜落したのは、私が退いた後の話です。そのため、私自身は後悔のしようがありません。

    とは言え、ベンチャー企業の本社が取り壊されて跡地にパチンコ屋が建てられたり、沖縄の企業として生きて行こうとしたヘリ会社の名前が失われたりすると、そこはやはり悔しいものです。


    二つの会社はリスク管理が足りなかったと言えます。広く言えば内部統制が効いて無かった。避けようと思えば避けれたリスクが原因で、会社が倒産したり譲渡されたりしたのですから、二人の社長にとっては痛恨の極みだったでしょう。

    利益を上げていた会社は、社会から必要とされていたと言えます。また、将来に渡って事業が継続できる可能性がありました。そんな会社が今既に無いことは、例えば、若くて元気な人が事故で亡くなったことに似ていて、返す返すも残念ではあるけれど、つまるところ、それがその会社の寿命であったのだと考えるほかありません。


    ヘリ会社の整備士と二人で、ヘリの格納庫があった伊江島空港に出掛けた際、タッチューに登ったことがありました。その日の投稿は(→こちらから)






    この会社の将来は明るいと、考えていた頃のことです。


    還暦を迎えるまで残り半年を切り、私は人の名前から木や花の名前に至るまで、知ってるはずが口から出て来なくなってます(笑)。そこで、覚えてるうちにここ10年ほどを回顧しようとした投稿でした。

    長々とお付き合いいただき、ありがとうございましたm(_ _)m


    コメント
    知ってるはずが口から出て来ない・・・

    それなのにここまでの文章が書けるって凄いです。自分なんか今朝の朝食ですら思い出せないのに(笑)。

    このブログもぜひあと30年は続けてくださいね。見に来ますよ♪
    • 宜野湾在住小市民
    • 2017/05/22 6:48 PM
    本日、私の会社の当時の営業担当(女性)と昔し話しをしました。
    色々ありましたが、債務は回収出来ました。
    その後、関係者の皆様がどうなったのか、気になる所です。
    色々、お世話になりました。

    私の会社は、リスク管理として帝国データバンクなどで常時取引会社の財務状況は監視しています。
    今まで2度、取引中止になった大きな会社がありました。
    私は、自社の失敗した案件の後始末をする担当?になってしまいました。


    • NAO
    • 2017/05/22 7:48 PM
    ども〜!(^ ^)/
    ん〜・・・Cさんの思いは素晴らしい。
    そして端的な文章表現が何とも見事です。 (^ ^)/
    • JJ花咲
    • 2017/05/22 9:33 PM
    宜野湾在住小市民さん

    30年も続けたら、何を言うてるのかさっぱりわからんようになるでしょうね。単なるオジぃの寝言(笑)
    • coralway
    • 2017/05/23 7:23 AM
    NAOさん

    それはご迷惑をおかけしましたm(_ _)m

    会社の末期はいくら資金を調達しても、砂漠に水を撒くようなものでした。
    • coralway
    • 2017/05/23 7:27 AM
    正確に表現します。

    けして迷惑になった事ではありません。
    倒産後、我が社の債務は、全額清算してだきました。
    これは、異例な事です。契約書はありませんでした。(口約束)
    特別のご配慮をいただきました。

    私達が、気になるのは、一緒にお仕事をした関係者の皆様がどうなったかなと言う事です。
    したしく一緒に仕事をしていました。
    色々、お世話になりました。
    • NAO
    • 2017/05/23 7:37 AM
    JJ花咲さん

    「サイゴンから来た妻と娘」などの著作で知られている元産経新聞記者の故近藤紘一氏が、文章を推敲する際に心がけることは、文章の意図を壊してしまう限界まで、余計な部分をカットすることだと言ってました。

    私はそれを心がけているつもりなので、そこを認めていただけると嬉しいです。

    本当に嬉しい♪(v^_^)v
    • coralway
    • 2017/05/23 7:39 AM
    NAOさん

    そうでしたか。それなら救われました。

    沖縄県を始め、各方面から期待され、支援いただいた会社でしたから、倒産に至る経緯には皆さん失望されたことと思います。

    元社員の消息は数人を除いて、ほとんど分かりません。
    • coralway
    • 2017/05/23 8:09 AM
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