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ハンタ道を歩く(3) 幸地〜オキコ製パン工場

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    泉小を過ぎたところで午前9時。首里城を出て30分しか経ってません。中城にはいずれ到着しますが、この投稿はいつまで続くのか(笑)

    (6)幸地グスク、刻時森

    幸地公民館前に着きました。かつての幸地番所の跡地で、集落の中心にあります。



    番所跡から幸地グスクに向かう石畳道。背の高い南洋杉がグスクの目印です。



    幸地グスクと刻時森(ククジムイ)は過去に投稿していますので、ここでは省略です。

    組踊「矢蔵之比屋」(1) 幸地グスク

    西原町幸地の刻時森(1) 首里城漏刻門

    こちらは幸地按司の井戸。



    幸地グスクに立ち、四方を丘に囲まれた幸地集落を眺めていると、思い当たることがありました。

    大阪に河内という地域がありまして、読みはカワチ。かつて、河内のオッサンが有名になりましたね。例えば河内弁で「貴方」は「われ」もしくは「おどれ」。そこは「でんがな、まんがな」の世界です。

    川が谷を抜けて扇状の平地を形成する時、その土地をカワチ、コウチと呼びます。河内の語源ですね。大阪の河内も、幸地もまさにその地形ですから、幸地はコウチの当て字と思われます。

    中城の崖の上が平地と思ったら大間違い。丘を越えて集落を抜け、また次の丘を登る。その繰り返しです。


    (7)オキコ製パン工場

    ハンタ道の投稿とパン工場が「関係あんのか、おい」と言われそうですが、これは、それとなく道順を示しているわけですね。



    保育園から日本蕎麦の注文があれば、私はここで仕入れます。パン屋が作る日本蕎麦。まあ同じ粉同士で関係ありそうな、なさそうな。

    以前は仏壇通りの照喜名製麺所で日本蕎麦を作ってたんです。ところが、あるウチナーンチュがそれを「デ〜〜ジ不味い」と言い放ち、照喜名オバぁがヘソを曲げて日本蕎麦を作るのをやめてしまいました(らしい)。

    私はそのウワサに否定的です。そもそも、そのウチナーンチュが日本蕎麦を美味いとか不味いとか語れるのかってところからアヤシイ。やはり売り上げが伸びなかったことが日本蕎麦をやめた理由でしょう。

    照喜名製麺所が製造をやめたおかげで、私は注文を受けるたびに西原の山中まで仕入れに来るハメになりました。やれやれです。

    (続く)


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