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古謝の散歩(1) 津嘉山森からの眺め

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル


    コザ十字路の南東角から胡屋方面を撮った、1970年頃の写真がありました。コザ市と美里村の合併前、復帰前の頃です。



    古い写真を見て良い気持ちになる理由の一つは、障害物が少なく、遠くまで見渡せることにあります。

    コザ十字路から安慶田を抜け、右にカーブしながら住吉の坂を登り切ると胡屋に出ます。この写真を見ていると、坂道の風景や坂道を登りきった後の胡屋の街並みまで、思い浮かべることができます。今、同じアングルで写真を撮ることはできても、写るのは十字路周辺のビルばかり。情報量が少ないから風景の広がりが得られません。

    例えば、那覇で生まれ育って東京や大阪に進学した大学生が故郷を想う時、脳裏にどんな風景を思い浮かべてるのかなと、余計な心配をしました。


    コザ十字路から南に向かうと、コザ高校のあたりから下り坂となり、泡瀬海岸に至ります。つまり、コザ十字路付近は胡屋から一段下がり、海岸から一段上がった、中城湾を望むテラスのような場所です。

    そのテラスの東端にある岩山が津嘉山森(チカザンムイ)。津嘉山森から斜面を下り海岸に至るまでの範囲が古謝集落です。



    頂上は岩が露出していて、あそこに座れば素晴らしい眺望が得られそうです。雑木をかき分けて登れないことは無いでしょうが、私にはそんな根性は無いので(笑)、そこら辺の道路から中城湾を眺めました。




    次の写真は沖縄1935の古謝集落。



    この古い写真と同じアングルで撮りたかったのですが、実は高さも方向も違います。それでもまあまあの風景。


    古い写真の右上端。よく見れば泡瀬海中道路がチラッと写ってますね。その海中道路の古い写真がありました。



    この道路は大正時代に造られたもの。当時、与那原から泡瀬までは道路が整備されていたようですが、泡瀬から先は古謝集落の畑の畦道を歩くか、干潮時に干潟を歩くしかありませんでした。そこで、泡瀬から与勝半島の根元まで海中道路を通したのです。

    「大正時代によく造ったな」などと言うと恥をかきます。琉球王府が長虹堤を造ったのは15世紀ですからね。こんなの楽勝なのですよ。

    20130408125946_0.jpg

    さて、中城湾を眺めたので、古謝集落へ坂道を下りましょう。途中にシーサーがいるはずです。その標識を簡単に見つけたものの、シーサーの姿が見えません。



    茂みをかき分けると、いました、いました。茂みに潜む黒うさぎみたいなシーサー(笑)



    先ほどの沖縄1935の写真は、このあたりで撮影されたのではないかと、私は推測しています。当時は斜面も耕作地で見通しが効いたのですが、今は雑木林で何も見えません。

    言うまでもなく、シーサーは集落の守り神。悪霊が集落に浸入しないように、睨みを効かせることが役目です。この黒うさぎ、そうはなってませんねぇ。

    (続く)

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