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コザの散歩(9) コザ十字路の周辺(その2)

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル


    沖縄市美里のヒージャーガーです。大きなクスノキが井戸をいい感じに覆っていました。



    典型的な沖縄の村井戸です。水汲み場と、手前に洗濯場。



    沖縄ではクスノキを街路樹として利用していて、なかでも胡屋のクスノキ通りは壮観です。昨年、道路拡張のため、そのクスノキを一旦別の場所に移したところ、全く元気が無くなり問題になりました。

    その後、クスノキ通りがどうなったのか。コザからの帰りに寄るつもりが、熱中症の気配を感じた私は、お家に直帰してしまいました。

    「クスノキが心配と違うんかいっ!!」と、私に言いたい。

    そんなことを言われましても、夏の沖縄で熱中症予防は何より優先します。だから、クスノキ通りはまた今度ってことでお願い致します。


    え〜、こちらは吉原社交街です。沖縄市美里。



    当初は米兵が客でしたが、今はウチナーンチュがお客さん。ここで働く人達はクルーやシルーからチールーまで客として迎えてきたということ。

    建物は旧黒人街と同じ時代のものです。それを新築して今の商売を続ける人は少ないでしょうから、建物の劣化と共に廃業する店が増えそうです。

    こちらは、吉原区自治会社交業組合。



    ここでどんな議論をしているんでしょう。それを聞いてみたいような、聞いてみたくないような。いや、聞きたい。


    さて、銀天街、旧黒人街、吉原社交街と歩いたコザの散歩。1ドル360円時代の基地経済に支えられ、繁栄を極めたコザの街は今や全く見る影もありません。

    しかし、その街の復興を、言わば弱者救済のような目で見るのは間違いでしょう。基地経済に支えられてきたのは沖縄も同じです。つまりコザの姿は今の沖縄の姿だということ。基地経済から脱却して何処を目指すのか。コザも沖縄もその答えを出せていません。

    「いいやそんなことはない」と言う人もいるでしょうが、それは程度がマシなだけか、あるいは他のモノに実態が隠れてるだけでしょう。

    コザに関係する投資案件としては、泡瀬干潟の埋め立て、本島縦断鉄軌道の敷設などがあります。多額の投資は池に石を投げたかのように波紋を描きます。その波紋がコザにどのような恩恵をもたらすのか。私にはさっぱり見えてきません。

    コザに活気が戻るような施策でなければ、沖縄のためにもならないってこと。繰り返しになりますが、コザの姿は今の沖縄の姿だと思って間違いはない。そう考えた散歩でした。

    (終わり)


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