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47年ぶりの赤ちゃん

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル 

     

    塩屋湾に面した大宜味村白浜集落で47年ぶりの赤ちゃんが誕生したそうです。

     

     

    村内の他所から白浜集落に移住した夫婦(子供が二人)に、この度三人目の子供が授かりました。

     

    白浜区長

    「赤ちゃんの誕生は大変うれしいし、泣き声を聞くだけで幸せを感じる。カラスの声しか聞こえない静かな地域に、子どもたちの声があふれるようになった。地域で大事に育てていきたい」

     

    47年前に生まれた女性(読谷村在住)

    「とてもかわいい。まさかこんな日が来るとは思わなかった。明るく元気に育って、地域の伝統芸能を受け継いでほしい。子育てを終えたら必ず故郷へ戻ります」

     

    その女性のお母さん(白浜在住)

    「人口の減る寂しさをたくさん味わった。増えることは百倍うれしい」

     

    那覇近郊白浜郷友会会長

    「白浜の1人の人口は、よその100人に匹敵する」

     

     

    そして、今月21日。集落をあげての生誕祭が開催され、各地から白浜出身者が帰って来ました。

     

    塩屋湾に打ち上げられた花火。

     

     

    移住してきた家族4人と、この度生まれた赤ちゃんにより、集落の平均年齢は20歳も若返ったそうです。

     

    いい話なので紹介しました。事前に知ってたら、花火を見に行きたかったわぁ。


    コメント
    Cさん、58号線塩屋橋付近ですね、今じーっとGoogleマップ眺めています、大好きですここから見る海の風景。

    今すぐ行きたい。(笑)
    いいお話しで感動しました。
    • ひよこ
    • 2018/04/29 9:37 PM
    塩屋湾に花火が上がるのは、初めてじゃないのかな。白浜集落の皆さんや関係者のヨロコビが伝わってくるよねぇ。白浜集落の人口は赤ちゃんを含めて14人だそうです。
    • coralway
    • 2018/04/29 11:05 PM
    それは御目出度い。
    73年前の地名は、とぅぬじゃーでしたが40名位の避難民がビーチに並べられて手榴弾で殺されました。
    人数的には最大の虐殺ですが全く知られていませんね。
    地元の少年が敗残兵にスパイだと告げ口したのが発端のようです。
    命が大事にされる時代がいつまでも続くように努力しないといけませんね。
    なるほど、渡野喜屋から改称したんですね。旧塩屋橋が完成するまでは渡船の発着場ですか。人が集まる場所ではあったんですね。

    40人も虐殺されたとは知りませんでした。
    • coralway
    • 2018/04/30 4:18 PM
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