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てだこの城 浦添グスク(2)

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    今日は昨日に続き、「ようどれ」に葬られている、もう一人の王、尚寧(しょうねい)について投稿します。

    尚寧王は島津藩による琉球征伐(1609年)の時の琉球国王です。
    昨年でちょうど400年だったのですね。

    島津軍の船80隻3千人が琉球に到着し、まず今帰仁城を陥落しました。

    その後、読谷に再上陸し、海路と陸路で首里を目指します。

    偶然ですが、沖縄戦の米軍の南下ルートと同じですね。その行程で浦添グスクは焼き払われてしまいます。

    浦添グスクはこの時と沖縄戦の二度、ひどい被害にあったことになります。

    写真は浦添グスクから首里へ向かう石畳道です。



    ここまで来れば、首里まであとわずかです。

    琉球王朝軍は海路の島津軍を三重城や、屋良座森城からの砲撃で一時退けるなど、ある程度抵抗したようですが、結局は鉄砲を装備した島津軍には歯がたたず、以降、江戸幕府に従属することになります。

    尚寧王は薩摩を経由して江戸まで連行され、琉球へ帰ってこれたのは2年後のことだったそうです。

    なぜ、琉球は征伐されることになったのか。

    これは「言い掛かり」のような理由なのですが、結局のところ、中国(明)との交易権が欲しい徳川幕府が、難癖をつけて琉球王朝を従属させたのですね。

    太陽の子(てだこ)英祖の時代から尚寧まで続いた琉球王朝は、この時、独立国家としては終焉したことになります。

    ようどれは終戦後から50年をかけて、三度にわたる復旧作業を施され、現在の姿となりました。

    もう少し手を加えれば、世界遺産に追加登録されるかもしれません。

    なお、英祖と尚寧が眠るようどれの内部は、近くの「ようどれ館」で実寸大のレプリカを見学できます。

    沖縄県もやる気になればこんなことができるのに、もっと他の遺跡でもやる気を出してほしいよなぁ。

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