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ハクソー・リッジ再訪(1)

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

     

    2016年に公開された映画「ハクソー・リッジ」。タイトルを和訳すれば「弓ノコのように細長く隆起した地形」。浦添グスクの東側に位置する前田高地を米軍はハクソー・リッジと呼びました。

     

     

     

    私は2015年に前田高地を歩き、その東端にあるハナリジー(為朝岩)を訪ねました。

     

    浦添城跡のハナリジー(1)

    浦添城跡のハナリジー(2)

     

    浦添グスクからハナリジーに繋がる小道は、前田高地の尾根の頂点にあります。

     

     

    小道の左が尾根の北側斜面で、右が南側斜面。ここが立入禁止なのは両側の斜面に転落する危険があるからでしょう。前田高地の戦闘で、米軍がこの尾根に登ってきたことは知ってましたが、ハクソー・リッジと呼んだことは、映画の公開まで知りませんでした。

     

    「で、立入禁止を入ったのか?」と問われれば、その通りでございます(笑)。

     

     

    映画の予告編でハクソー・リッジを「ノコギリ崖」と訳していますが、正確には「ノコギリ尾根」と訳すべきでしょう。崖の上、つまり尾根の岩がノコギリ状だったということ。

     

    映画の1シーンで、崖に取り付けた縄梯子を登る米兵達。

     

     

    戦後、道路工事などに使うため、ノコギリ状の岩は削り取られ、今の尾根は多少のアップダウンはあるものの、ノコギリと呼ぶほどではありません。

     

     

    映画「ハクソー・リッジ」では、縄梯子を登った場所で、日米の激戦が繰り広げられました。

     

     

    これは明らかに脚色でしょう。尾根の上には斜面(崖)への転落が心配になるほどの小道があるだけで、大勢が向かい合ってドンパチやるようなスペースは無いんです。

     

    そして、そもそも日本軍が米軍と向かい合ってドンパチやったのかという疑問も湧きます。兵力や物資で圧倒的に優位な米軍に対して、日本軍に勝機があるとすれば奇襲しかありませんでした。

     

    日本軍は米軍の側面か、あるいは背後からしか攻撃できないので、米軍が所定の場所に来るまで、静かにジッとしていて、夜を待ったはずです。

     

    映画に、数人の日本兵が白旗を揚げて壕から出て来るシーンがありました。日本兵を取り囲む米兵達。そこで日本兵は手榴弾を取り出し、米兵に投げつけるんですよ。やりかねんなぁと笑ってしまいましたが、それを卑怯と言われても、仕方がないんですよ。

     

     

    私は映画「ハクソー・リッジ」にケチをつけるつもりは毛頭なく、主人公の衛生兵デズモンド・トーマス・ドスが実在する人物で、この映画が実話に基づいていることも知っています。私は、現場を訪ねてみれば、事実と脚色の見分けがつくと言いたいのです。

     

    この映画をご覧になった方。日本軍の攻勢にあって、米軍が縄梯子を降りて退却するシーンがありましたね。あの時、日本兵は何故、縄梯子を切り落とさないのかと疑問に思いませんでした?

     

    これは私の解釈ですが、日本軍はハクソー・リッジで戦いたかったのですよ。戦車が上がって来れない場所に、米兵が順序良く縄梯子を登ってくるんです。そして、武器は人が持てるだけ。更に、崖の上には、両軍が正面から向かい合うような、広いスペースも無い。

     

    縄梯子は日本軍にとって、好都合だったのではないかと思います。読谷の海岸に米軍が上陸した際、日本軍が水際で攻撃しなかったことと似てるかもしれません。


    (続く)


    コメント
    先日、8月7日の琉球新報に投稿しました。(長文失礼)

    私は、この映画をある特別な思いを込めて見ていた。それは、私の父がこの前田高地の戦闘に参戦していたからです。それも衛生兵として映画の主人公と逆の立場であったのです。米軍は、夜になると戦闘を休止していましたから、その時間になると首里司令部から浦添まで担架を担いで負傷兵を運ぶ任務についていました。映画には、当時の米軍司令部の普天間宮や首里教会の十字架も描写されていました。前田高地を攻撃する大型戦艦の船影が一瞬描写されていましたが、この戦艦があの降伏調印式が行われていた「戦艦ミズリー」であった事も戦艦の戦闘記録と一致していました。私の自宅のすぐ近くにある為、何度か現地に調査に行きました。多くの米軍兵士が見学に来ていました。映画の影響であろうと思われます。
    私は、何人かの米兵に父から聞いた当時の状況をつたない英語で説明すると興味深く合ずちを返してきました。
    父は、ある日、負傷兵の搬送に出かけましたが、その時すでに部隊は玉砕、全滅していたとの事でした。
    案内板が日英で説明されていましすが、英語の説明の方がわかりやすいです。
    • NAO
    • 2018/08/21 7:21 AM
    今年は何度か通ったハクソーリッジです。実は同じことを思っていました。
    外間守善さんの私の沖縄戦記 前田高地・六十年目の証言を先に読んでいて、現地へ行ってから映画を見ました。映画と現地の違いに同様の思いがありました。
    • 横浜のやなわらばぁ
    • 2018/08/21 8:46 AM
    NAOさん

    琉球新報に投稿されたんですね。素晴らしい。

    私は映画館に出かけることは滅多に無く、DVDのレンタルが始まって、それが旧作(つまり100円)になってから借りるので、随分と遅い投稿になりました。

    NAOさんのお父さんは前田高地の戦闘に参加されて、生き残られた様子。戦争で人の命を救うことはもちろん大切ですが、まずは自分が生き残ることだと思います。
    • coralway
    • 2018/08/21 9:39 AM
    横浜のやなわらばぁさん

    外間守善さんの著書を読み、現地を訪ねた上で映画を観る。最高じゃないですか。

    映画には当然脚色があり、それが事実と違っていても構わないと思います。もちろん程度にもよりますが。

    戒めるべきは、映画を観ることで事実を知ったかのように錯覚することで、そのことを続きで投稿しました。

    貴方の手順なら、まったくその心配がありませんね。いや、マジに尊敬します。
    • coralway
    • 2018/08/21 9:45 AM
    >日本兵を取り囲む米兵達。そこで日本兵は手榴弾を取り出し、米兵に投げつけるんですよ。

    これは実際にありました。

    ドラマは観客を満足させる娯楽ですから歴史を知るために観てはいけませんね。
    阪神さん

    メル・ギブソンが取材の過程で、そんな話を聞いたんでしょうね。やりかねんと思ったら、本当にやってましたか。悲しい戦術ですが、そうでもしないことには、どうしようも無かったんでしょうね。
    • coralway
    • 2018/08/21 11:50 AM
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