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島の入学式

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

     

    竹富町立船浮小学校の入学式です。

     

     

    今年度の新入生は1人。写真は保護者代表(池田卓さん)が挨拶をしているところです。

     

    この写真は池田卓さんのInstagram(こちらから)から拝借したもので、彼が既婚であることや子供がいることを、初めて知りました。

     

     

     

    このブログの読者ならご存知の方も(訪ねた方も)多いと思いますが、船浮集落は西表島西部のこんな所にあります。

     

     

    右上のブルーのピンが白浜集落。道路はここまでで、船浮へはそこから船で渡ります。海とジャングルに囲まれた人口約40人の小さな集落です。これより西に集落はありません。

     

     

    卓さんのお父さん(池田米蔵さん)は、沖縄の雑誌やテレビに度々登場する有名人。本業は渡船の船長ですが、漁師のように海を知り、猟師のように山を知る、スーパーマンのような方です。

     

    米蔵さんは、例えば、イリオモテヤマネコの縄張り、エサ場などを熟知しいるので、テレビのロケ班は米蔵さんに同行してもらって山中にテントを張ります。そして、深夜までじーっと待っていれば、「あっ!!。来たっ!!」と。

     

    卓さんのお母さんは、船浮公民館の館長で元小学校教師。船浮小学校に赴任したことが縁で、米蔵さんと結婚されました。何しろ、西表島各地の小学校教師を歴任されているので、彼女を知らない島民はおらず、島内における知名度は卓さんより断然上だそうです。

     

     

    米蔵さん夫妻は、船浮集落を継続させることを第一に考えて暮らしてこられましたが、すでに米蔵さんは70歳となり、後継者が必要な時期を迎えています。そこで十年程前、既に人気のあった卓さんでしたが、生活の拠点を船浮に移すことにしたのです。

     

    卓さんがプロデュースする船浮音祭り(今年で12年目)は、毎年5百人を超える観客が集まる大きなイベントになりました。

     

    ざっとこんな背景があって、冒頭の入学式に戻ります。この子のおかげで、船浮小中学校は、向こう9年間安泰です。卓さんは芸能活動に加えて、集落を(伝統文化も)継続させる役割を担うことになりましたが、何とか頑張っていただきたい。

     

     

    ところで、西表島のジャングルにはイリオモテヤマネコより大型のヤマネコが生息していると言われていて、目撃者が沢山います。また、島のマングローブでワニが見つかったという話もあります。

     

    西表島に棲息したワニ

    西表島に生息する猛獣「ヤマピカリャー」(1)

    西表島に生息する猛獣「ヤマピカリャー」(2)

     

    私の研究(笑)によれば、ワニがいたのは間違いなく、大ヤマネコがいるかいないかは半々という結論でした。ところが、米蔵さんが若い頃に大ヤマネコを目撃し、今でも探していることを知り、コロっと結論が変わりました。大ヤマネコの生息可能性は80%(笑)

     

    大ヤマネコが生息し子孫を残すには西表島は狭すぎるというのが識者の見方のようですが、それは理屈ですからね。仮に大ヤマネコが発見されたら、その後で新たな理屈が成立するだけのことです。

     

     

    私は観光客時代に西表島に一度渡りましたが、船浮に行ったことはないし、米蔵さんにお会いしたこともありません。まあ、そこをこのように予習しておいてですね。米蔵さんの民宿に泊まる夜を迎えたら、あれこれ聞きまくり、米蔵さんを寝かさない所存であります(笑)

     

    先日、沖縄トヨタの販売店でミニライブがあり、初めて卓さんの歌を生で聴きました。ライブの後に写真撮影の時間がありまして、卓さんに「お父さんもいかがですか?」と声をかけられて、軽くムカついたのが私です(笑)

     

    まあ、卓さんから見れば、私は米蔵さんと同じ世代でしょうから、ムカつくほうが悪いよねぇ。ハイ。


    コメント
    わーお^^; 


    先々週、沖縄から私のとこに旧友がたずねてきました。その方は女性で当時懇意にしており、私が内地の大学に進学すると年に数回 手紙が届きました。その方は教職につき数年目(25年ほど前)に、船浮小中学校に赴任しました。すると、毎月のように郵便物が届くようになりました。

    私はその手紙をとっていて、今回会うことになったので、全て読み返しました。西原町から船浮にたどり着くための詳細な方法や時間が書いてあり、朝出て、夕方着く、と。そして船浮の自然、子供達とのふれあいを楽しめるようになっていったことなど、、、



    今回会って、ほらこんなに手紙くれてーー、全部読んだけど どこにも「好き」って書いてないよーー。

    すると、 あい、どこかに書いてあったはずよーーー、調べるから全部持って帰るねーーー  と^^;

    彼女ではなかったけど、気の合う仲間です、今も沖縄帰ると当時のメンバーで飲み会しますわ。タイムリーな投稿にびっくりしました。
    • うちなーんちゅ
    • 2018/09/18 3:10 PM
    >これより西に集落はありません。

    と書いてあるけど「網取」があります。ヨ
    東海大学の研究所がありました。(あります)
    2度行きましたが。炭鉱跡の煙突や歴史の遺跡があります。
    通信施設の工事の為に出かけました。
    親父さんの船に乗った様なきがします。
    懐かしい青春の思い出の地です。(41年前)
    • NAO
    • 2018/09/18 4:00 PM
    うちなーんちゅさん

    うわぁ。船浮で先生をやってた人なのね。それこそ、根掘り葉掘り色々聞いてみたいわぁ。

    船浮から先の網取、崎山、鹿川は私にとって聖地のようなもの。いつか、船浮を拠点に集落跡を歩いてみたいと思ってます。それを実行するには、某青果店を辞めることになるので、体力の衰えを考慮しつつ、タイミングをはかろうと思います。

    それにしても、彼女に手紙を持ち去られてしまったのはどうなの?(笑)

    もう読めないじゃん(笑)
    • coralway
    • 2018/09/18 4:18 PM
    NAOさん

    網取の集落跡にあった東海大の研究所は閉鎖されたと聞きましたが、残っていたとしても、それは集落とは言わないでしょう。

    あっ、人が住んでるかどうかで言えば、かつての砂川恵勇さんのような人はいると思います。

    外離島でフリチン生活をしていたオジぃはテレビに出演したことで観光客が押し寄せ、地主に追い出されたらしいです。ほんま、余計なことをするものです。
    • coralway
    • 2018/09/18 4:23 PM
    いつか、船浮を拠点に集落跡をCさんと一緒に歩いてみたいと思っています。

    私もじっくりタイミングを計っています。(笑)
    • ひよこ
    • 2018/09/18 8:51 PM
    ひよこさんは船浮には行ったんじゃなかった?。よろしくお願いします(^-^)/

    • coralway
    • 2018/09/18 9:10 PM
    それがね、Cさん船浮はカヤック漕いで横目で見ただけ。

    しかもその後カヤック沈没して散々な思いしたの、だからいつかゆっくり歩いて見たい。
    • ひよこ
    • 2018/09/18 9:27 PM
    アハハ、そうなんや。カヤック沈めて得意のプカプカに持ち込んだのね(笑)

    大学の先生が海洋生物か何かの研究で崎山に滞在してたら、ヤマピカリャーが現れたらしいわ。至近距離まで来て「あっ、あかん。襲われる」と思ったらジャングルに帰って行ったんだって。

    俺が襲われる直前までスマホで撮影するから、貴方はそれを琉球新報へ届けてちょうだい。翌日の一面間違い無し。いや、号外が出るか(笑)

    • coralway
    • 2018/09/18 9:51 PM
    どぅしぐゎーからメールきました^^

    個人情報ギリギリかな?
    船浮の人が見たら、バレるはず、、、、汗;;


    いやいや、、、バレないでしょっ  と^^;
    これでバレるなら船浮おそるべし、、  と



    3時間がたち、、、メールきて、、



    それにしても、卓の子供が入学なんですね。
    卓は、小学5年生から中学生まで知っています、、懐かしい、、、(^^)/


    船浮、、、、、、みんなも見ていきましょーー^^
    • うちなーんちゅ
    • 2018/09/18 10:02 PM
    「池田卓を小5から中学まで知ってる」なんて言ったら、そらバレるでしょ(笑)

    卓さんは沖縄水産に進んで、野球部では新垣渚がチームメイトだったはず。

    私が沖縄に通い始めた頃「島の人よ」が人気で、読谷の民謡酒場でリクエストしたら若い兄ちゃんが喜んで歌ってくれました。

    その若い兄ちゃんは国吉真宏さんで、今はプロ。当時は高校生だったと思います。2000年頃。
    • coralway
    • 2018/09/18 10:36 PM
    あい、、しに恥ずかしい、、、バレるはずさあ、、、 

    ちけーねーん  って言ったのごめんなさい。


    責任取れないのですが、、、これからも、このブログ、沖縄のどぅしに敬意を表し、コメントしていくね^^;;
    • うちなーんちゅ
    • 2018/09/18 10:43 PM
    えーーと、、

    Cさん、、、ないしょで、、、(>_<)
    • うちなーんちゅ
    • 2018/09/18 10:46 PM
    え〜?。内緒って、誰に何を?(笑)
    • coralway
    • 2018/09/18 10:50 PM
    これこそちけーねーんさ、、、

    酔っぱらったんで、、、寝ますね



    たまにもこんなんありで、、^^;
    • うちなーんちゅ
    • 2018/09/18 11:11 PM
    西表は3回行きましたが、67歳の時(随分前だ;)母の没年を越すイベントのつもりであんとぅり(網取)まで行きました。
    白浜からうみんちゅのサバニを頼んで行ったんだけど、インクのような色の海の上、船縁を指が白くなるほどつかんで^^
    途中、船浮の港で自販機の飲み物を買ったら、どのボタンを押してもサンピン茶が出て来ました。
    網取の集落跡を歩きましたが、どの家の跡も屋根瓦をキチンと積んであったり、井戸に蓋があったり、また帰る日があるようになっていて、石垣で囲まれた屋敷に入ることが出来ず、入り口でもごもごと断りを言ってそーっと覗いただけです。草木が茂ってもいなかったのは、手入れを続けていたんですね。
    沖縄文庫の「わが故郷(シマ)あんとぅり」「西表島に生きる」を書いた山田きょうだい(姉と弟)の生家跡はここか。本にある手描きの地図を頼りにここと決めて、よく見て来ました。私の一生の大旅行。
    サバニに乗るのがあまりに怖かったので、帰りの西表-石垣の高速船が文字通り「大船に乗った気持ち」でした。
    長々と<(_ _)>。
    東海大学の施設があって、若い人に写真を撮ってもらいました。
    年いちど、出身者が網取に集う会があり、ブログを見つけて誘っていただいたことがあります、行けなかったけど。
    • すばる
    • 2018/09/19 10:56 AM
    すばるさんが網取を訪ねた動機は、私がこの一帯に憧れている気持ちと通じるものがありそうです。

    上のコメントにあるように、ひよこさんが同行してくれるそうなので、是非、訪ねてみたいと思います。
    • coralway
    • 2018/09/19 12:09 PM
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