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先日行われた翁長前知事の県民葬に菅官房長官が参列し、安倍首相の弔辞を代読しました。
その弔辞に反応した一部の参列者から「帰れっ!!」、「嘘つきっ!!」などと罵声が飛びました。招待者席にいた某青果店のお父さんによれば、招待者席の後方、一般参列者席から聞こえたとのこと。
その行為を「葬儀の場で非常識だ」とSNSで発信する人達がいます。他人を非常識と決めつけるからには、さぞ、常識のある人達なんでしょう。
首相の弔辞はこんな内容だったようです。
「沖縄県に大きな負担を担ってもらっている現状はとうてい是認できるものではない。政府としてもできることは全て行う、目に見える形で実現するという方針の下、基地負担の軽減へ向けて一つ一つ確実に結果を出していく」
この弔辞を一言で評するならば「虚」。一つ一つの言葉の「全てが虚」としか言いようがない。空虚の「虚」。
同じくSNSで、「仲が悪かった人が、あえて葬儀にやって来たのだから、それは受け入れるべき」という発信もありました。そのことの是非は、仲が悪かった人の姿勢によるでしょう。
例えばその人が、これまでの非を詫び、頭を下げるようなら美談になりますが、この首相の弔辞で故人が喜び、家族の悲しみが癒されるでしょうか。こんなことを言うために参列したのなら、罵声を浴びせる以前に、門前払いが適当でしょう。
一方、玉城知事が弔辞の中で、故人に「ヤッチーサイ(お兄さん)」と語りかけたことが、静かな共感を呼んでいます。
ある人は「(その言葉に)ウチナーの優しさとか苦しみ、悲しみが溢れ出ていた。(故人を)送る心にやっとなれた」と言いました。
故人の遺志を継ぐ意思表示として、これ以上の言葉は無いのではないかとさえ思います。故人や遺族がどれだけ安心したことか。これこそが弔辞。
しかし、罵声を浴びせられたら、そっちを指差して「こんな人達に負けるわけにはいかない」と絶叫する男に、このメンタリティはとうてい理解できないでしょうね。
ところで、故人を偲ぶために一般参列者席に座った人達が首相の弔辞に思わず反応し、大声を上げたからと言って、それが非常識と言えるのか?。私なんかは「よく言ってくれた」と思ってます。大声を出させるような弔辞こそが非常識。
もっとも、一般参列者席で罵声を発した人達の中には、政治的な思惑だけで参列した人もいたでしょう。ネトウヨの言葉を借りれば活動家。
「葬儀の場で非常識だ」などとご教示いただけるのなら、この人達にお願いしたい。いい勝負の喧嘩になるでしょうから、人のいない場所でやって下さい。