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護佐丸が転封する前の中城グスク

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    護佐丸が読谷から中城に転封(国替え)したのは、1440年のことでした。ヤマトでは室町時代。

     

    築城家としても評価が高い護佐丸ですが、築城したのは座喜味グスクで、中城グスクは増改築。両者の佇まいに違いがあるのはそのためです。

     

     

    中城グスク跡で、護佐丸が転封する前の按司(先中城按司)が築いた城壁が見つかったと聞き、見てきました。

     

     

     

     

    白い部分が先中城按司が築いた城壁で、その上の黒い部分は、おそらく護佐丸がかさ上げしたもの。両者を覆う外側の石積みは、1853年にペリーが調査した時には無かった(絵に無かった)もので、近代になって築かれたようです。

     

     

    中城村がその石積み(外壁)を修復する過程で、先中城按司の築いた城壁が見つかりました。つまり、今生きてる人は誰も見たことが無く、修復が終わると二度と目にすることが無い城壁です。

     

     

    首里を北山から守るために座喜味グスクを築き、勝連から守るために中城グスクに転封した忠臣護佐丸は、勝連と首里の軍団にグスクを包囲されて自害を決意します。この白い城壁はその時のもの。私達がモノではなく、そのストーリーに想いを馳せるからこそ、古い城壁に心を動かされるのだと思います。

     

    沖縄の行政は古いモノを壊し、新しいモノを一から作ろうとします。古いモノをなんとか活用して、ストーリーを感じさせる都市景観を造って欲しいといつも思いますが、県庁や那覇市役所の庁舎を見るにつけ、それは無理だろうなぁとため息をつくしかありません。


    農連プラザをいくら案内しても、農連市場の歴史は説明できません。てば。


    コメント
    農連同感です!中城いつまで見られるか、見てみたい&#9786;&#65039;
    • 横浜のやなわらばぁ
    • 2019/02/06 9:10 AM
    中城村の事業計画によると、平成30年度は一部積み直し。平成31年度は下部積み直し。平成32年度は上、中部積み直し。とあるので、少なくとも今年の春はまだ古い城壁が見えてることになるね。
    • coralway
    • 2019/02/06 1:29 PM
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