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アニメ映画「対馬丸 〜さようなら沖縄〜」

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

     

    読者のうちなーんちゅさんに教えてもらったアニメ映画「対馬丸 〜さようなら沖縄〜」をYouTubeで観ました。

     


    原作は大城立裕さんの「対馬丸」(講談社文庫)。上映時間は1時間10分です。

     

     

    子供向けに過度な脚色を抑え、どちらかと言えば、淡々とストーリーが進みます。この内容なら子供達が対馬丸事件を充分に理解できるし、事件を知らない大人達にも、是非、観て欲しい作品です。

     

     サイパン島が陥落し、沖縄が戦場になることが予想される中、三隻の貨物船が疎開船として徴用され、二隻の軍艦がその護衛にあたることになりました。貨物船はいずれも老朽船で、学童疎開に充てられた対馬丸は、その中でも速力が劣っていました。

     

    船団が那覇を出港し九州へ向かう途中。悪石島近くの海域で米軍潜水艦に待ち伏せされ、船団から取り残され気味だった対馬丸が標的となりました。そして、4発の魚雷を浴び、あえなく沈没してしまいます。

     

     

    ボートやイカダに乗ることができた生存者は、すぐに救助が来るものと考えました。ところが二隻の軍艦は、生存者の救出よりも残る二隻の護衛を優先し、現場に戻ることはありませんでした。

     

    直撃する台風、飢えや渇き、昼と夜の寒暖差、回遊する巨大な鮫。そして、家族や友達の死。ありとあらゆる苦難が生存者を襲いました。

     

    対馬丸に乗船した人数は引率の教員らを含めて1,700名。そのうち、生還者はわずか59名でした。

     

    対馬丸の悲劇(1) 

    対馬丸の悲劇(2) 

    小桜の塔と海鳴りの像(1) 小桜の塔 

    小桜の塔と海鳴りの像(2) 海鳴りの像

     

     

    小禄の某スナックで店の雑用をやってたオジぃはママの身内のようでした。ママによれば、そのオジぃは対馬丸の生存者の一人で、事件について一度も口を開いたことがないとのこと。沖縄戦で地獄を見た人達の多くは、その体験を語ろうとはしませんが、対馬丸の生存者には、よりその傾向が強い印象があります。

     

    海難事故に遭遇し、死線をさまよう経験をした人は沢山いるでしょう。その中で、運良く生還した人達がその時の様子を語らないかと言えば、そうではない気がします。

     

    では、対馬丸の生存者と、他の海難事故の生還者にどんな違いがあるんでしょう。私は時々、それを考えることがありました。小禄のオジぃに聞いてみるなんてできる訳がありませんから、単なる私の推測です。

     

    その推測を言いますと、対馬丸の生存者の多くは、海上で人間の姿をした人間ではないモノを見たのではないかと。あるいは、それが自分自身だったのではないかと。

     

     

    「春めぐり 花は咲けども悪石の 水底の子ら あの歳のまま」

     

    当時の姿のまま海底に眠る子供達が不憫ではありますが、一方で、奇跡的に生還した子供達が事件からこれまでの75年間、どんな気持ちで生きて来たのか。「あのまま死んだほうが良かった」と思った人は少なくはないだろうなと思います。


    コメント
    Cさんわずかに生き残った人々も
    つらいつらい十字架を背負わされて
    人生を歩んでこられたのですね。
    合掌
    • たかっち
    • 2019/06/08 7:13 PM
    たかっちさん

    対馬丸は悪石島近くの海底で発見されていますが、水深が870mと深い上、船体が巨大でかつ、もろくなっているため、引き上げは難しいようです。
    • coralway
    • 2019/06/08 7:38 PM
    生還して本島に戻った子供の所には憲兵がやってきて「絶対に話すな」と脅迫しました。
    これは救助された他の人も同じです。
    それが現在も話さない理由とは思いません。
    やはり自分が生き残ってしまったという後悔が付き纏うのでしょう。
    これは沖縄戦で生き残った方も同じです。
    PTSDですね。
    自分から話そうとしない方には無理して聞き出さないというのがオーラルヒストリーの教訓のようです。
    お久しぶりです!
    対馬丸の生存者の方がおられるのですね。
    Cさんに是非聴いてほしい歌があります。対馬丸の遺族の方が作られた歌です。

    このコメント欄にリンクを貼りつけても大丈夫でしょうか?

    または、非公開で私のメールアドレスをCさんにお知らせする手段はありますか?

    どうぞよろしくお願いします。
    • ココナッツ
    • 2019/06/09 3:53 AM
    阪神さん

    生き残った子供が主人公の映画ですが、もう一人の主人公は「お国のために」が口癖の担任教師でした。その教師は生き残る設定になっていて、多くの子供達が命を落としたこともまた「お国のため」と口にするんですよ。思い込みなのか洗脳なのか、それはPTSDをも克服できるんですねぇ。そして戦後は民主主義を訴えると。
    • coralway
    • 2019/06/09 6:49 AM
    ココナッツさん

    お久しぶりです。お元気でしたか?

    対馬丸の遺族が作った歌。読者の皆さんにもお知らせできるよう、コメント欄にリンクを貼って下さい。

    それから、コメント欄に入力したメールアドレスを非公開にはできないようなので、そんな時はこちらへお願いします。

    y_mizoguchi@i.softbank.jp


    • coralway
    • 2019/06/09 6:57 AM
    対馬丸記念館の会員です。5年分会費払ってしいました。私の職場の大先輩が、体験者なので色々話しを聞いています。ハワイのパールハーバーに米国潜水艦「ボーフィン号」が展示されています。「寒い」「ひもじい」「寂しい」が当時の気持ちを代表しています。語り部の高齢化が大きな問題ですが、語り継いでいく為にどうすれば、良いのか、思案中です。記念館に行くと「母」と「姉」の写真が笑顔で迎えてくれます。(涙)
    • NAO
    • 2019/06/09 7:37 AM
    「島々へ」です。
    https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1662117117267245&id=100004069173000

    作曲者の祖母の妹さんが、対馬丸で亡くなられました。

    歌詞もアップしたいのですが限定公開でした。

    ※なお歌い手の彼は、那覇のお店に移動しました。

    この曲のできた経緯などがとても不思議なので、後ほどCさんにメールさせてください。
    • ココナッツ
    • 2019/06/09 8:39 AM
    NAOさん

    対馬丸に乗船した子供達の学校は垣花、上之山、那覇、天妃、甲辰、松山、久茂地、泊と聞いてます。これだけの狭い範囲で1700人ですから、親、兄弟、親戚、ご近所、友達を一度に亡くされた方が多かっただろうと推察しています。

    お母様とお姉様でしたか・・・。
    • coralway
    • 2019/06/09 8:41 AM
    ココナッツさん

    ありがとうございます。

    その那覇のお店、名前だけは知ってます。一昨年だったか開店祝いに(友人の?)きいやま商店が来てライブをやってました。今、ネットで探すと、閉店になってるみたいだけど本当かな(^^)

    メール、お待ちしています(^-^)/
    • coralway
    • 2019/06/09 9:08 AM
    子供達の出身校ですが、本島、全員で読谷には、記念碑もあります。私の母校からの参加はありませんでした。(田舎だった)

    私の先輩のお話しによるとお母さんの最後の言葉は
    筏の上を離れていった。「お姉さんを探してくるから待っていて」だったとの事。
    その時で時間は、止まりました。父は、シベリアで戦死、残されたのは、1人で祖母に育てられたとの事。色んな学校を回り講話を行っています。泊国民学校の出身です。8月になるとよく新聞にインタビュー記事が掲載されます。
    • NO
    • 2019/06/09 10:36 AM
    すみません、、大城 立裕先生の著作でしたか、、、、恥ずかしながら知りませんでした^^;


    ただの子供のための啓発アニメと、ずっと思っていました、、、



    注文しようと、レビュー読んでいると
    「本書のあとがきにも、この本の歴史が綴られているが、遺族会からの依頼を受け、生存者や遺族からの取材を重ね、最初に刊行したのが1961年。それから50年以上も経ち、対馬丸事件からは70年以上も経つのに、乗船時の混乱のために巻末に載せる犠牲者名簿ははっきりせず、改訂を重ねているという。今回は本文も改めており、改訂を続ける大城立裕氏や遺族会の執念を尊敬する。 」


    うーーーむ、頼まなきゃ
    • うちなーんちゅ
    • 2019/06/09 10:36 AM
    NAOさん

    初めまして。ココナッツと申します。
    コメント拝見させて頂きました。お母様とお姉様を対馬丸で亡くされたのですね。

    私は、とあることから「島々へ」と言う歌に出会いました。対馬丸で亡くなった少女のことを歌った歌です。

    対馬丸記念館の理事にこの歌を聴いて頂いたとき、涙を流され「世代交代の時期に来ている」との言葉をもらったそうです。そこでハッとしました。

    それ以来、作曲者の方達と一緒に、この歌を平和学習に役立ててもらおうと行動しています。石垣島の小学校では、この歌をテーマに平和学習をしてもらっています。
    http://www.y-mainichi.co.jp/files/entry_files/34114/34114.%E5%B9%B3%E5%92%8C%E8%AC%9B%E8%A9%B1%EF%BC%86%E3%82%B3%E3%83%B301.jpg

    こんな形で語り継ぐ動きをしている者もおります。




    • ココナッツ
    • 2019/06/09 10:49 AM
    NAOさん

    リンクを間違えました。
    こちらです。
    http://www.y-mainichi.co.jp/news/34114
    • ココナッツ
    • 2019/06/09 10:58 AM
    うちなーんちゅさん

    映画の紹介、ありがとうございました。

    10・10空襲の直前ですからね。制海権を奪われた後の疎開ではタイミングが遅いですよね。その前に、サイパン陥落の前後で降伏するべきだったとも思います。

    沖縄戦が終わって、いよいよ本土決戦となると降伏したのに、何でそれを沖縄戦の前にできませんか、と言いたいわ。
    • coralway
    • 2019/06/09 11:10 AM
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