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ペリー提督日本遠征記(2)那覇〜西原

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

     

    ペリーが派遣した調査隊の行程図です。「ペリーの歩いた」とありますが、ペリーは同行しておらず、調査隊は士官4名と水兵4名に中国人クーリー数名を加えた編成でした。

     

     

    調査隊は那覇から東海岸に出て、宜野座村漢那まで北上しています。そこから山越えして恩納村名嘉真に出て、西海岸を南下する6日間の行程でした。

     

    私は石川で折り返したと過去に投稿していますが、私の記憶違いか、間違った情報によるものでした(^^)

     

     

    さて、那覇を出発して東へ向かった調査隊は首里城の横を抜け、弁ヶ岳を通り過ぎた先の丘にいます。


     

    (遠征記の抜粋)

     

    (弁ヶ岳から)半マイルも進むか進まないかのうちに島の分水嶺に達すると、眼下に、東に向かって壮大なパノラマが開けた。

     

    太平洋が水平線をなし、島から突き出している二本の岬の間には広々とした水面が望まれたが、それはバロウ湾らしかった。

     

    われわれのいるところと海との間には、丘が連なって円形闘技場のような形をなし、それぞれの丘は頂の部分まで耕地になっているため、まるで鮮やかな青緑の衣をまとっているように見えた。

     

    斜面には丁寧に段がつけられ、土地の傾斜を利用して灌漑用の雨を集めるようになっている。これらの絵のような丘は、風景の輪郭に多彩な変化を与えながら、約20マイルにわたって広がっている。

     

    西方には、これまで通ってきた郊外の区域がすべて見渡せ、はるか北西にはブロートン岬と思われる半島も見える。

     

    (抜粋終わり)

     


    当時の沖縄はすべての丘の頂まで、棚田(または段々畑)が整備されていました。農民は自分の土地でもない田畑で労働を強いられ、作物を物納していました。不便な場所でも農地にせざるを得なかったのですね。そして、皮肉なことに、そのような農地こそ美しい。

     

    私はこの場所に覚えがあります。弁ヶ岳を抜けて開邦高校の横を過ぎた先にある丘。火立毛です。

     

    私も「お〜、いい眺めだぁ」とは思いましたが、遠征記のように細部まで見ていませんでした。これは見習わないと。

     

     

    抜粋にある「二本の岬」は知念と与勝。バロウ湾は金武湾なので著者の勘違いでしょう。正しくは、もちろん中城湾。ブロートン岬は残波岬です。

     

    それから、冒頭の行程図で1日目の行程が中城までとなっていますが、正しくは西原町小橋川まで。野営の描写を見れば、背後に知念半島が見えてますね。

     

     

    調査隊はこの野営地を「キャンプペリー」と名付けました。この頃から米国では「キャンプ+人名」の命名法だったようです。探検旅行一泊目の高揚感なんでしょうが、「一泊しただけで名前を付けんなよ」と言いたい。

     

    この夜、調査隊の一行はガジャンの大群に襲われて、ほとんど眠れなかったようです。お気の毒ですね(笑)

     

     

    過去の投稿はこちらから。

     

    青い目が見た「大琉球」 

    ペリーの野営地


    コメント
    Cさん、キャンプガジャンと名付けは
    しなかったのね?!
    • たかっち
    • 2019/06/26 6:46 PM
    いやはや驚きの健脚調査隊一行ですね〜
    今と違って道もゴンゴロ道だったでしょうに。
    この行程を6日間で歩くとは!
    誰かうちなーんちゅの案内人も同行したのでしょうか?
    • へそまがり
    • 2019/06/26 6:50 PM
    たかっちさん

    調査隊の面々がこの野営地を思い出す時、キャンプペリーよりも、ガジャンの大群が頭をよぎることは間違い無いでしょうね(笑)
    • coralway
    • 2019/06/26 7:23 PM
    へそまがりさん

    3人の役人が同行したようです。彼らの役目は案内と言うよりは監視。なんとか首里に戻そう戻そうと道案内をする役人と、その逆へ逆へと進む調査隊の様子がユーモラスに描かれています。

    その役人達は調査隊の行程を知らされておらず、各間切の役人を使って、食料調達などを行なったようです。

    悪路の連続で、中国人クーリーはまったく役に立たず、現地募集の琉球人が活躍したと記されています。
    • coralway
    • 2019/06/26 7:34 PM
    ペリーが2回も寄港してるのに
    那覇、小笠原、下田に比べて地味な浦賀は
    私の住む町から近いです。
    そして、京急の浦賀駅発車メロディは
    ゴジラです。
    ペリーにテーマ曲が無くて残念でした。

    • ひより
    • 2019/06/26 8:19 PM
    ひよりさん

    10年ほど前。会社の顧問をされていた自衛隊OBの自宅に招かれたことがあります。浦賀駅から急な坂道を歩いて登った先の新興住宅地です。

    浦賀駅とその坂道と、岩の多い海岸(観音崎?)と。その3ヶ所しか記憶にありません(^^)

    ゴジラが上陸したのが観音崎でしたっけ?。何だか電車が突っ込んできそうなメロディですよね(笑)
    • coralway
    • 2019/06/26 9:08 PM
    初代ゴジラが上陸した観音崎は
    車かバスでしかいけないので
    最寄駅が浦賀だそうです。
    わたし及び家族はゴジラファンなので
    あの完全5度を聴くと
    チムドンドンします。

    自衛隊OBの方は
    きっと密かにゴジラの警戒をしていたに違いありません。
    • ひより
    • 2019/06/26 9:34 PM
    ひよりさん

    なぁんだ。浦賀駅の発車メロディーがゴジラのテーマで良かったってことなのね(^^)

    自衛隊OBの顧問は一時期防衛大学の教授をされていたので、浦賀に住まれたのだと思います。F15のパイロットなのでゴジラ襲撃も可能です(笑)

    退官後はジャスピアニストになって、横須賀のジャスバーでライブをすることもあるようです。ゴジラのテーマをレパートリーに加えてもらいましょうね(笑)

    ゴジラの上陸地点を観音崎にしたのは、黒船来襲のイメージと重ねたんじゃないかな。思いつきだけど(^^)
    • coralway
    • 2019/06/26 10:03 PM
    なるほど、黒船ですか。
    わたしは台風のイメージです。ゴジラ上陸。

    ジャズピアニストですか。
    すごい経歴。
    「自衛隊出動」もリクエストお願いします。

    熱帯低気圧は台風になりそうですね。
    那覇の息子は朝大雨だったと言ってました。
    被害がありませんように。
    • ひより
    • 2019/06/26 10:29 PM
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