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沖縄の軽便鉄道(2)屋富祖

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    沖縄戦で破壊されるまでの間、沖縄には鉄道が走っていました。

    狭軌道の鉄道でしたので、ウチナーンチュはその鉄道を軽便(ケービン)と呼んでいました。

    那覇駅を起点に与那原線(9.4km)、桟橋線(1.0km)、嘉手納線(22.4km)、糸満線(15.0km)の4路線がありました。

    今も線路が残されている場所は県内に2ヶ所だけ。那覇市の壷川東公園と浦添市の屋富祖(やふそ)郵便局前です。

    写真は屋富祖郵便局前の線路跡です。一応、案内板がありますが、まったく目立たない場所にひっそりと残されています。

    __.JPG

    宜野湾にある私の勤務先の近くにも、嘉手納線の線路跡(小道)が残っています。



    、国道58号線の真志喜北交差点を海側に少し下ったところにスーパーかねひでがあります。その横の小道が線路跡地で、国道に沿って、伊佐交差点付近まで続いています。(赤線の道)

    線路、枕木、トンネルなど、線路跡地らしいものが無いただの小道ですので、そこで軽便鉄道を偲ぶには、ある程度の知識と豊かな想像力が必要です。

    沖縄県は軽便跡地を積極的に保存しようとしていませんから、軽便ファンは、上記の2ヶ所で線路を見た後は、かつての線路跡の小道を訪ねて歩くことになります。

    「軽便跡を訪ねて」といったタイトルの書籍が発行されていて、熱心なファンがウェッブサイトで軽便の紹介をしていますが、いずれも、線路跡地の"ただの"小道を訪ねて歩いた記録ですから、どうしても地味と言うか、自己満足な内容になってしまいます。

    小さいと言われ、速度が遅いと言われ、急な坂道では乗客が客車を押したなどと言われながらも、沖縄本島の輸送機関として活躍していたのですから、遺産としてきちんと保存し、関連する情報を集約し展示するなどの取り組みを、沖縄県にはお願いしたいものです。

    やはり、何も無い道を歩いても、つまらないですからね。そうと知りつつも、他に知識欲を満たしてくれる場所がないので、線路跡地を訪ねてしまうのですね。

    うーん。やっぱり地味だよなぁ。

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