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対馬丸慰霊の日(1)明仁天皇の和歌

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    学童疎開船対馬丸が(鹿児島県)悪石島沖で米軍潜水艦に撃沈された日から昨日で75年。那覇市若狭の小桜の塔で慰霊祭が行われました。

     

     

    対馬丸が悪石島沖の海底で発見されたのは1997年のことでした。水深が深い上に船体の劣化が激しく、引き上げることは難しいようです。

     

    対馬丸記念館を運営する対馬丸記念会の高良理事長は生存者の一人で当時4歳。2002年頃、高良さんは対馬丸記念館の建設に関わった橋本首相の事務所を訪ねました。そして壁に掲げてあった額に、たまたま目を向けたのでした。

     

    「疎開児の命いだきて沈みたる船深海に見出だされけり」

     

    高良さんは、この和歌を明仁天皇が対馬丸が発見された日に詠んだと知り、天皇皇后両陛下が毎年8月22日に対馬丸の犠牲者に対して黙祷を捧げていることも知りました。

     

    天皇や皇室にいい感情を持てなかった高良さんでしたが、その日を境にその感情が少しずつ変化します。2004年に対馬丸記念館が完成。そして2014年、小桜の塔に天皇皇后両陛下が供花、ご拝礼。

     

    対馬丸記念館で生存者や遺族と対面され、一人一人に話しかけられる両陛下と、感無量の面持ちでそれを見守る高良理事長。両陛下は滞在時間を大幅に超過して記念館を後にされたそうです。

     

     

    こちらは慰霊祭が終わった、昨日夕方の小桜の塔。

     

     

     

    この日は、多くの犠牲者が(生存者も)流れついた奄美大島や悪石島の海岸でも慰霊祭が行われました。

     

    (続く)


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