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兵糧攻めに屈した安慶名グスク

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

     

    安慶名闘牛場から見上げた安慶名グスクの城壁です。

     

     

    安慶名グスクは天願川流域の岩山に築かれています。城壁は郭内と郭外を仕切ると言うよりは、岩山への登攀を阻止することが役目のように見えます。

     

    その姿から連想する言葉は「難攻不落」。防御力の高いグスクだということが一目でわかります。

     

     

    郭内への進入路は一本だけです。急な石段を登り切った所にある岩の切れ目が城門。

     

     

    郭内から見た城門です。敵の侵入ルートはここだけということ。

     

     

    さもなくば、この城壁を登るか。

     

     

    自然の巨岩と巨岩の間を埋める城壁。ここを登って来るのは無理でしょう。

     

     

     

    琉球統一以前の沖縄は群雄割拠の時代。そこへ各地の按司を束ねる強力な王が現れ、沖縄は三山時代を迎えました。

     

    安慶名の按司は中山国に属してはいたものの、首里の言うことを聞かなかったようです。支配力を強めたい首里と反発する安慶名。やがて、首里の大軍が安慶名へ向かうことになりました。

     

     

    難攻不落の安慶名グスクを首里がどう攻略したのか?

     

    ところが、安慶名グスクはあっけなく落城してしまいます。岩山に築かれた安慶名グスクには井戸が無かった。首里はそれを知っていたんですね。

     

    首里軍は安慶名グスクと水源の天願川の間に駐留し、水の供給路を断ちました。

     

     

    ナイチでは秀吉が得意としていた「兵糧攻め」は食料を遮断するもので、城の攻略には数ヶ月を要しました。城内は飢餓状態になり、多くの兵が餓死したようです。

     

    一方、安慶名グスクに無かったのは水。落城までそれほどの時間はかからなかったと思います。

     

     

    安慶名グスクの郭内から天願川方向に開ける眺望です。水を断たれた安慶名の按司は、どんな気持ちでここに立っていたんでしょう。

     

     

     

    秀吉は城主の自決を条件に、兵の命を保証しました。そして、城主の自決を見届けた後、兵を皆殺しにしたんですね。

     

    「酷いっ!!」って話ですが、金丸がクーデターに成功した後、第一尚氏の王族を根絶やしにしたことと発想は同じです。


    コメント
    白鹿城の井戸が石見銀山の井戸掘り工夫によって水を抜かれてしまった件を彷彿させますね。
    阪神さん

    兵を失うより、手間ひまかかってもモグラをやったほうか賢明ですよね。井戸水を抜けない場合は毒を入れたとか。

    ギブアップした安慶名の按司がどうなったのか、大変興味があるので、近々調べてみたいと思ってます(^^)
    • coralway
    • 2019/11/11 2:45 PM
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