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安慶名の按司はどう考えたのか(1)

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

     

    先日投稿した安慶名グスクについてもう少し。

     

    難攻不落の安慶名グスク。その自信があってか、安慶名の按司は首里王府に対して従順ではありませんでした。

     

    一方、首里王府は中央集権体制を確立するために、安慶名の按司を服従させる必要がありました。

     

     

    岩山と一体化した安慶名グスクの城壁を見上げると、攻める側にとって厳しい戦いになることが容易に予想できます。

     

    言い換えれば、そのためのグスク。兵力が劣っていたとしても、グスクの攻防ならば守る側が有利。攻める側の戦意を萎えさせることがでれば勝ちです。

     

     

    安慶名グスクの水源はグスク北側を流れる天願川。当時は「大川」と呼ばれた水量の多い川で、グスクが水不足に悩まされることはありませんでした。一方、グスク内には井戸が一本も無かったんです。岩山ですからね。

     

    それを知っていた首里王府は天願川南岸に兵を展開し、グスクへの水の供給路を断つ作戦をとりました。

     

     

    安慶名グスクの城壁から眺めた天願川。赤い屋根の建物は北岸ですから、川は目と鼻の先にあります。

     

     

    さて、水の供給路を断たれた安慶名の按司は、どう考えたのでしょう。

     

    グスクから兵を出して水の供給路を奪回することは良い作戦とは言えません。平地に降りてしまえば、条件は五分五分。兵力に勝る首里軍には敵わなかったでしょう。

     

    では、籠城したのか。

     

    ヤマトでは兵糧攻めにあった城が何ヶ月も籠城し、城内に餓死者が出るほど辛抱した例があります。それはいったい何のための辛抱だったのでしょう。

     

    (続く)


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