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冊封使の宿「天使館」

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    一週間ほど前の投稿で、那覇の崇元寺を紹介しました。

    琉球国王の王位を承認するため、中国から琉球に到着した冊封使(さっぽうし)は、まず、崇元寺で諭祭(ゆさい)、つまり先王の葬儀を行い、その後に首里城で新王の即位式に臨みました。

    冊封使一行の人数は500。滞在期間は約半年でした。

    彼らの滞在場所は、中国人街の久米村にあった天使館でした。

    冊封使を天子の使いとみなし、その宿舎を天使館と呼んだのですね。

    冊封使の一人が記した天使館の図が残されています。

    20110212234601_0.jpg

    天使館は中国の役所風の造りになっていて、周囲を石垣が取り囲んでいました。そして、南向きの正門前には、木柵で囲まれた前庭があり、警備員の詰所が置かれていました。

    正門の左右には「冊封」と大書きされた黄色の旗が掲げられ、正門を入った中庭には、東西に役坊が配置されていました。天使館は単なる宿舎ではなく、役所の機能を持っていたようです。

    さて、中庭を抜けた先には、天沢門という儀門がありました。儀門とは文字通り儀礼の門です。儀門の内の統治者(中国)と外の被統治者(琉球)を明確に区別する意識があったのです。

    天沢門の先には敷命堂という大堂が、その奥には内堂があり、内堂の左右が冊封の正使、副使の宿坊となっていました。

    さらに、内堂の東西には楼閣があり、東を長風閣、西を停雲楼と呼んだそうです。


    天使館は沖縄県が設置された後、1896年に那覇市役所となり、その後、市役所の庁舎新設時に取り壊されました。

    現在の西消防署の裏に、このような案内板があり、天使館の位置だけは分かるようになっています。

    20110213023635_0.jpg

    なお、天使館は読谷村にある「むら咲むら」で復元されています。

    ありがたいことです。だけど、実物より小さいのは仕方ないにしても、縮尺は合わせて欲しいんだよな。ブツブツブツ・・・。

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