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料亭「松乃下」の周辺

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    昨日の投稿が長くなり、書ききれなかった事があるので、それを追記します。

    まず最初に、上原栄子さん自身が書かれた自伝が、以下の通り出版されています。

    「辻の華」くるわのおんなたち(1976:時事通信社)
    「辻の華」戦後編(上)(1989:時事通信社)
    「辻の華」戦後編(下)(1989:時事通信社)
    新編「辻の華」(2010:時事通信社)

    最近出版された新編の表紙には、昨日紹介した木村伊兵衛氏による写真が使われていますね。

    20110306014934_0.jpg

    相変わらず(とは言っても昨日の今日だけど)お美しいです。


    かつての料亭「松乃下」の近くに、いくつかの史跡がありました。

    まず、志良堂御嶽(しらどううたき)。

    20110306020300_0.jpg

    御嶽の脇の石碑に、「辻根家」と記されています。

    根家とは、集落で最初の家の意味です。つまり、ここが辻村発祥の場所です。

    住宅と駐車場に挟まれた窮屈な場所にありました。


    そして、次が村井戸。

    辻の開祖は、琉球王朝の王女(うないび)だと伝えられています。

    その王女たちが生活に使った井戸です。

    20110306020330_0.jpg

    この井戸も民家の駐車場脇にあり、「絶対に探す」という意思が無いと見つかりません。

    続いて、辻御嶽。この御嶽は小さな丘になっていて、その中腹に先程の王女たちの墓がありました。

    20110306020400_0.jpg

    丘の上にも拝所があり、その脇にワニがいました。

    最初はシーサーかと思いましたが、私には、どう見てもワニに見えます。

    20110306020500_0.jpg

    今日の投稿の後半で、ワタクシはブチ切れる予定ですが、今は平静を装い、淡々と記事を書いております。

    そのため、内容が退屈かもしれませんが、少々お待ち下さい。


    先程の王女の墓の前に、こんなスペースがあります。

    20110306020523_0.jpg

    二十日正月(はちかそうぐゎち)に行われる、辻の年中行事「尾類(ジュリ)馬」の奉納が行われる場所です。

    訳あって遊女に身を落とした王女の立場では、親兄弟と会うことができないけれど、世の中の親子が顔を会わせる正月くらいは、せめて顔だけでも見たい。

    そこで、正月に尾類が行列を行なえば、親兄弟に元気な顔を見せることができるし、自分たちからも見える。

    という動機で、尾類馬が始まったと言われています。

    そして、尾類馬は、那覇ハーリー、大綱引きとともに、那覇三大祭にも数えられている伝統行事です。


    ところが、尾類馬はその長い歴史の過程で、何度も中断せざるを得ない事態に陥っています。

    最近では、1989年から2000年まで、12年間も中断しています。

    主な理由は財政難によります。


    つまり、沖縄県内外の婦人団体などが、元々、遊郭の行事であるとの理由で、尾類馬の開催に反対し、それに圧された那覇市が財政的な援助をやめてしまうのです。


    「馬鹿じゃないのか!!」

    「こら、そこでボサーと立ってるウチナー団体B!!」

    「遊郭は今では非合法だと言ってるらしいな。お前らの祖先が飢えに苦しんでいる時に、誰のおかげで喰いつなげたと思ってるんだ。ボケッ!!」

    「小さなこどもを遊郭に売って、お金を手にしたんじゃないのか!!尾類になった後も、毎月仕送りをしてもらってたんじゃないのか!!」

    「恥を知れ!!」


    「それから、こっちで寝たような顔のナイチャー団体K!!」

    「子供に何て説明したらいいのか分からないらしいな。」

    「自分の不勉強を棚に上げて、偉そうに言うな!!辻の華を読め!!」

    「料理でも、礼儀作法でも、何か一つでも尾類に勝てることはあるのか!!カス!!」

    「子供には、こう言いなさい。お姉さんたちは、お父さんやお母さんに会いたかったのだと。」


    「最後に、そこで知らん顔してる那覇市!!」

    「こんな馬鹿タレたちに圧されて、援助を打ち切るなんて、二度とすんな!!」

    「だいたい、打ち切ったり、打ち切らなかったりするのもおかしいじゃないか!!」


    あぁ、疲れた。


    また今日も長い記事になってしまいましたが、もう少しお付き合いください。

    もう、怒鳴りませんので。


    尾類馬の詳細は、また後日投稿するとして、辻の料亭の話に戻ります。


    「松乃下」の他に、もう一軒、辻の遊郭時代と同じ名前で、料亭として営業を再開した、「左馬」がありました。

    20110305125956_0.jpg

    残念ながら、この店も今は営業していません。


    辻のお隣の久米に、有名店があります。「山本彩香」です。

    20110306020541_0.jpg

    ここの花街料理は、数多くの人に絶賛され、かつては、二週間先でなければ予約がとれないと言われていました。

    山本彩香さんは、元々、琉球舞踊の師範でしたが、花街料理存続のためにそれを辞め、お母様直伝の料理を「山本彩香」で提供してきました。

    山本さんも既にお年で、無理がきかなくなったとのことで、今は、席数を少なくして、かつ、お昼だけの営業です。

    もし、「山本彩香」が閉店するようなことになったら、辻の花街料理は、もはや風前の灯です。

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