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宮本道治著 「沖縄の空」

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    沖縄本島が米艦隊に包囲され「鉄の暴風」と呼ばれた艦砲射撃を受けていた時、本土の日本軍は何をしていたのか。

    それを知りたいと、この本を読みました。

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    著者の宮本道治さんは日本海軍の航空部隊に所属し、鹿児島県の串良(くしら)基地から、沖縄を包囲する米艦隊を爆撃する役割を担っていました。

    特攻機とは別に、爆撃機の部隊が編成されていたのですね。


    鹿児島を出撃した特攻機や爆撃機は慢性的な故障に悩まされていました。

    沖縄に到達する前に、鹿児島へ引き返したり海に不時着する者が相次ぐ中、順調に飛行できた者を待ち受けていたのは、米軍機の大群でした。

    太平洋戦争の初期、日本の航空機はその優秀な性能で米軍機を圧倒していましたが、やがて米軍の新型機に歯がたたなくなっていました。

    つまり、米軍機に発見されることは撃墜されることを意味したのです。

    そして運良く、故障をせず、米軍機に遭遇もせず、やっと沖縄に到達できたとしても、今度は無数の米艦隊から嵐のような射撃を受けることになりました。


    著者の搭乗した爆撃機は奇跡的に沖縄本島に到達できたのですが、そこで目にしたのは、艦砲射撃による無数の光の線に包まれた沖縄でした。

    どうしようもない、手の施しようのない現実がそこにありました。


    沖縄県民の記憶には、本土からの援軍は全く無かったはずです。

    例え100機の戦闘機が出撃しても、米艦隊を攻撃できたのは数機でした。つまり、1,000機飛ぼうが2,000機飛ぼうが、大半は、沖縄に到達することさえできなかったのです。


    沖縄戦は本土決戦に備えた時間稼ぎだったとされていますが、実際には、沖縄戦が終わって2ヶ月足らずで日本は降伏しました。

    では、何のための沖縄戦だったのか、沖縄に到達することさえできず失われた若い多くの命の意味は何だったのか。

    理由付けのできない、狂った判断がもたらした悲惨な結末でした。

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