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壊れてしまったもの、壊れなかったもの

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    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    那覇市樋川の旭湯が先月末で廃業しました。道路の拡張によるものです。

    これで沖縄本島の銭湯は、那覇とコザに残る2軒となってしまいました。

    写真は旭湯の看板と、



    旭湯の前から見た、拡張中の道路です。

    道路を拡張する部分の取り壊しが、既に終わっています。



    この方が、60年間番台を守り続けた上原フミ子さん(82)。古波蔵の居酒屋エールのマスターのオバさんです。

    20110621205316_0.jpg

    戦争中、サイパンで家族全員を失い、沖縄へ引き揚げてこられたそうです。

    最後に亡くなったお母様が、「フミ子が生き残ったら、家族全員で守るからね。」と言い残されたそうです。

    5月31日の夜、最後のお客様を送った後、石鹸の匂いの残るお湯につかり、

    「母の言葉通り家族に守られ、お客様に支えられた60年でした。」

    とおっしゃたそうです。


    次の写真は、浦添市城間にあった旧アメリカ領事館の建物です。

    20110622163722_0.jpg

    古い建物を使った大人のレストランとして人気を集めていましたが、こちらも道路拡張により、取り壊されてしまいました。




    ぐっと私的な話題となりますが、私の前職の本社建屋が、

    20110312080841_0.jpg

    ある日、更地となっていました。

    これもショックでした。




    まあ、壊されたものを今更グチグチ言ってもしかたがありませんが、「何とかならんのか!」と思います。


    話は変わりますが、先日投稿した尚泰久の墓の記事で、墓所の岩が風化で崩れたことをお伝えしました。

    その翌々日、2008年6月28日付琉球新報の記事(抜粋)です。

    『南城市玉城字富里の国道331号沿いで落石があり、沖縄総合事務局南部国道事務所は27日午前9時半に道路を全面通行止めにした。

    復旧のめどは立っていない。

    同事務所は24時間態勢で岩を監視し、復旧に向けた工法を検討している。

    原因は岩の風化とみられるという。崩れた岩は尚泰久王の墓の上部にあったもの。』


    どんな風に岩が崩れたのかと思っていたら、偶然、その様子を知ることができました。

    googleのストリートビューに、当時の様子が写っていたのです。



    完全に道路が埋まっています。

    幸い、尚泰久の墓は潰されずに済みましたが、墓の表面は補修が必要だったようです。


    それぞれ、過去の記事の後日談でした。

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