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糸満市伊敷「轟の壕」

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    沖縄には霊的なものを感じる能力が高い人が多く、そんな人たちが近寄りたがらない場所の一つがガマです。

    ガマは鍾乳洞のことです。石灰岩の島、沖縄には大小多くのガマがあり、沖縄戦で避難場所(壕)として利用されました。

    特に、沖縄本島南部には、沖縄戦の末期に様々な悲劇が起きたガマが点在しています。


    写真は糸満市伊敷の轟の壕(とぅるるしがま)の入り口です。



    私が霊を意識することは、ほとんどありませんが、さすがにこの壕の前に立つと、早く立ち去りたい衝動にかられます。


    少なくとも500人、証言によると1,000人以上の住民や日本兵がここにいました。

    嶋田知事は昭和20年6月7日頃から15日まで、この壕に滞在し、ここで行政組織を解散しました。ここまで行動を共にしてきた県職員に自由を与えようとしたようです。

    嶋田知事が摩文仁へ移動した後、この壕で本当の地獄が始まりました。


    泣き声をあげた赤ん坊を日本兵が殺害したのは、この壕での出来事です。

    日本兵が住民を壕の奥へ閉じ込め、見張りを立たせ、米軍への投降を阻止しようとしました。

    食べる物も無く、死ぬ自由まで奪われた住民から餓死者が続出しました。


    敵のはずの米軍に救出されて、住民がガマをでることができたのは、6月25日のことでした。


    つぎの図は、石原昌家著「沖縄の旅・アブチラガマと轟の壕」からお借りした、轟の壕の内部です。



    生存者の証言により、壕の中の出来事が明らかになっていますが、言葉にできない数多くの事実が、まだ壕の中に残されていると思います。


    本や映像で理解したつもりになっていても、その出来事の現場に立ってみると、自分の知識の軽薄さに気づきます。

    その場を立ち去りたい気持になるのは、そこにいる自分を恥じているのかもしれません。

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