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「テンペスト」ロケ地巡り(7) 京の内・園比屋武御嶽・龍樋(前半)

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    首里城の園比屋武御嶽(そんひゃんうたき)です。守礼門を抜けて、すぐ左手にありますね。

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    御嶽とは神の居る、又は降りる場所で、湧水、森、川などを指します。園比屋武御嶽は石門の背後の森であり、石門はその入口です。神社に例えれば、森が本殿で石門は拝殿となります。

    斎場御嶽と園比屋武御嶽は、観光地化された御嶽の双璧ですが、神聖な拝みの場所であることは、今も変わりありません。


    首里城は琉球国王の住まいであり、王朝の行政の場でしたが、琉球王朝が始まる前から、そこには御嶽としての首里グスクがありました。

    その場所が京の内です。そこは、首里城の信仰儀式の場で、聞得大君(きこえおおきみ)とその配下の祝女(ノロ)以外の者は入ることができませんでした。

    現在の京の内は首里城の南側の側面一帯に位置し、2ヶ所の入口があります。

    ひとつは木曳門を入って右手、もう一つは奉神門(有料ゾーン入口)に向かって右手です(写真)。

    20110808122519_0.jpg


    沖縄の集落には必ず御嶽があります。

    祝女は、地域の祭祀を取り仕切り、御嶽を管理する女司祭のことで、村人から尊敬され敬われる存在でした。

    代々、血縁で受け継がれていますから、今も数多くの祝女の家系が残っています。

    以前紹介した那覇市小禄の某所にある祝女の御宅です。表札に「ノロ殿内(どぅんち)」と記されていました。

    20110310193339_0.jpg

    そして、沖縄の祝女組織の頂点に立つのが聞得大君だったのです。

    聞得大君は国王の妹が就くのがベストですが、適任者がいない場合は、王族の女性から選ばれました。未婚、既婚は問われなかったそうです。

    聞得大君が選ばれると、斎場御嶽で就任の儀式「御新下り(おあらおり)」が行われました。そのことにより、その女性は神の加護を得て、霊力を身に宿すことができたのです。

    その日から、聞得大君は首里城近くの御殿に住み、国と国王を護ることに一生を捧げることになります。もちろん、家族とは二度と会えません。

    その女性にとっては、とんでもない出来事です。(続きます)

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