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「テンペスト」ロケ地巡り(8) 玉陵

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    玉陵(たまうどぅん)は琉球王朝、第二尚氏王統の歴代国王が葬られている墓所です。

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    外壁の端に番所が見えます。墓所の番人が詰めていました。

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    テンペストの後半で、寧温が流刑地の八重山から首里に戻り、兄の嗣勇と再会した場所です。


    玉陵は、沖縄戦の被害が比較的少なく、遺骨も無事でした。

    東側から撮った玉陵の写真です。墓室は東、中、西と三室あり、歴代国王は手前の東室に葬られています。

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    各墓室の上には、守護神の石獅子がいます。写真は東室の上にいる雌獅子です。愛嬌があるので、玉陵を紹介する記事などによく登場します。

    20110809183833_0.jpg


    もちろん墓室に入ることはできませんが、資料室の模型と写真で、中の様子がわかります。

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    手前の東室をズームしてみます。奥の空間の右端に尚育王の棺桶が安置してあります。

    20110809183359_0.jpg

    次の写真では、一番奥のこちら向きの棺桶が尚育王のものです。34歳の尚育王がここで眠っています。

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    私はこの日、初めて玉陵に来ました。

    「残しておいた」とも、「足が向かなかった」とも言えます。


    足が向かなかった理由は、やはり、クーデターにより、第一尚氏を追いやった尚円王(金丸)を、良く思ってないからでしょうね。


    第一尚氏の国王は、7人いました。それぞれ、どこにお墓があるのか整理してみましょう。

    初代尚思紹王の墓所は南城市佐敷の自衛隊の敷地内。

    第二代尚巴志王、第三代尚忠王、第四代尚思達王の墓所は、読谷村伊良皆の米軍基地内。

    20110618144745_0.jpg

    第五代尚金福王の墓所は不明。米軍基地内かもしれません。

    第六代尚泰久王の墓所は、南城市玉城の国道沿い。

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    第七代尚徳王の墓所は、那覇市識名にあるようですが、実際に遺骨がそこにあるのか否か、諸説あるようです。

    いずれも、国王の墓所として充分とは言えません。


    金丸は血の繋がりが無いにもかかわらず尚氏を名乗り、中国との関係を維持したのですから、首里近辺に第一尚氏の痕跡を残したくなかったのでしょう。

    そのことに私は「自分たちだけ、立派な墓に入ってから!」と怒ってるわけです。

    そのためこの記事も、突然終わるのですね。

    プチッ。

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