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昨日、消費者金融の◯コムに毎日通う社長の話を投稿したところ、沖縄広島県人会事務局長のシッチーから連絡がありました。
シ「Cさん、投稿に出てた社長さんってS社のi社長ですか?」
C「えっ、iさんを知ってんの?」
シ「同じ野球チームのメンバーですよ」
C「うわぁ、そうなんや。しかし、あの体型で走れるのか?」
シ「走り回ってますよ。野球が大好きなんですよ」
C「やっぱ沖縄の世間は狭いよなぁ」
シ「はい、狭いですよ」
さっそくその野球チームのSNSを見てみると、嬉しそうな顔のi社長が載ってました。
その野球チームは沖縄広島県人会のメンバーが中心になっているようで、何人か、私が知ってる名前もありました。
そのうちの一人は私の同級生で小学校が隣り。そのまた隣の小学校がシッチーの出身校です。
思わず昨日の投稿を読み返しましたよ。i社長には失礼な内容だったかもしれませんが、その行間に彼に対するシンパシーを感じとっていただきたい(笑)
こちらはシッチーが運営している県産品通販サイト。
リンクはこちらに→ 沖縄百貨店 七屋
てるきなそばにピクッと反応したそこのあなた。クリックすれば美味しいウチナームンがご自宅に届きますよ(^-^)v
それにしても、明日、i社長と会うのが楽しみやわ。ワクワク(笑)
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何度か紹介してるこのバイク。
持ち主のオヤジはあたりまえのように停めていますが、ここはバイク置場ではないし、オヤジはこのマンションの住民でもありません。
このオヤジは近所に事務所を構えている社長さん。泉崎ホテル(仮名)駐車場の月極契約にやっと空きが出て、車で通勤できるようになりました。
C「やれやれ、違法駐輪がやっと解消されたか」
オ「大丈夫でしたよ。叱られたことは一度もありませんもん(^-^)v」
C「あたりまえのように停めれば大丈夫なのね(^^)」
オ「そうそう。不思議なもんで、ビクビクしてたら叱られるんですよ。ところでCさん、近々車を買い替えます」
C「うわぁ、ちょっと儲けたらすぐこれだ。で、どんな車にするの?」
オ「えーっと、これか・・・」
オ「これですかね」
C「うわぁ、困ったもんやなぁ」
オ「何がですか」
C「あのね。こんな上等に乗ってたら、お客さんの印象が悪いと思うよ。今の車でいいじゃない」
オ「Cさん、勘弁して下さいよ。コロナで散々な目に遭って、やっと買えるようになったんですから」
C「しゃあないな。じゃあ、駐車場の寸法をメモしてちゃんとチェックしてよ」
オ「うっす。大丈夫です」
オヤジの会社はこの建物の2階にあり、左手のドアから入ります。
そして一階は消費者金融の◯コム。
◯コムの入口はヒンプンのようなもので隠されているので、オヤジの会社の入口が◯コムの入口に見えてしまうわけですよ。
これではオヤジが会社に出入りするたびに、
「あっ、あの社長がまたお金を借りに行くわよ」とか、
「えっ、あの社長がまた◯コムから出て来た」とか、
ご近所の皆さんに陰口をたたかれてしまいます(笑)
オヤジは車を買い替えるよりも、◯コム2階からの脱出を考えたほうが良いのではないかと思いますよねぇ。思わんか(^^)
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こちらは胡屋十字路近くのでいご食堂。初めて入る食堂です。
ジミな店構えは「むむむ・・」な気がしましたが、店内に入ってすぐに私は成功を確信しました。
ここはオジィが一人でキッチン、ホール、キャッシャーを担当している店。席に座って観察していると、オジィの動きにはまったく無駄がありません。オーバーに言えば、目隠ししても仕事ができるんじゃないかと。
とは言え、満席になったらオジィと言えども苦しいかもしれません(^^)。店の看板に「定食とカレーの店」と書いたところに、「なるべくカレーにしてくれないかな」みたいな気配を感じます(笑)
この日はプレイヤーズカフェのシゲさんに「随分細くなって、イケオジになってますよ」と言われて、ワタクシ喜んでいます。そして期待通りの生姜焼き定食とよく冷えたビール。いや、大変結構でした(^-^)v
さて、高速バスに乗って家に帰りましょう。こちらは沖縄南ICバス停です。
常識的に、上りと下りのバス停は道路の反対側にあるものですが、沖縄ICでは名護行きも那覇行きも同じバス停に停まります。
従いまして、那覇行きと思って乗ったバスが名護に向かって走り出すことがあるんですよ。オソロシヤ。
バスに乗る時に運転手が「那覇行きですよ。那覇。名護には行きませんよ。はい、那覇行き発車します」と何度も念押しするところを見ると、発車3分後に「ぎゃっ!!」と声を上げる客が後を絶たないことが容易に想像できますね。
(終わり)
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工芸フェアの投稿にもかかわらず、工房や工芸品の話題がありませんね(^^)。でも、全19会場を訪ね、57工房の作品を拝見しました。
例えば、煙突型のスピーカーで有名な知名御多出横(ちなオーディオ)さん。普段なら「買う気も無いのに店に入いるのはなぁ」と躊躇するところ、工芸フェアの会場なら気楽に入れます。
また、スタンプラリーが行われているので、ピアスなど女性向けの工芸品を扱う工房にオヤジが現れても問題ありません(笑)
琉球ドラゴンプロレスが経営する琉球ドラゴンジムも会場の一つで、リングに上がっても良いことになってました。上りませんけど(^^)
工芸フェアの会場を一巡して、印象に残ったのはやはりAサイン時代のクラブ等をリノベーションしたホテル3部屋でした。
当時のクラブの店内を画像や映像で見たことはあっても、その場所に立ったのは初めて。本土復帰前後のコザを想像し、何かグッとくるものがありました。
こちらはいつものコザの風景で、胡屋バス停前、シアタードーナツのベンチと、
パルミラ通り、エノビ☆ケイコさんの作品。
さて、ビールの時間がやってまいりました。私はそのためにわざわざバスで来たんですからね(笑)
(続く)
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トリップショットホテルズのレッドルーム(かつての「バー・テネシー」)では室内の撮影を遠慮して、道向かいの会場に移りました。
こちらはトリップショットホテルズのセントラル。かつての「クラブ・セントラル」です。
Aサイン時代のセンター通り(現在のパークアベニュー通り)の写真にセントラルが写っています。一階がレストランで二階がクラブ。
では二階に上がってみましょう。
たまたまお客さんが少なくて、室内を撮影することができました。
間取りはこんな感じで、写真はエントランスからキッチン方向を撮ったものです。
96?はホテルの部屋としては充分な広さですが、クラブとしては狭い気がします。かつて、この空間は米兵の人いきれが充満し、タバコの煙に包まれていたんでしょう。
パークアベニュー通りは50年前の街並みがほぼそのまま残っています。アーケードは街歩きには便利ですが、建物(特に二階部分)を隠してしまうのが難点です。
道路の拡張が予定されているようで、それをきっかけに再開発が進んでしまうのではないかと心配です。
文化庁が指定する「重要伝統的建造物群保存地区」に指定してもらえないかと思いますが、武家屋敷や宿場町などが選ばれているようですから、50年程度のコンクリート建築物では難しいでしょうね。
沖縄県では竹富島と渡名喜島が「島の農村集落」として、保存地区に指定されています。
(続く)
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この日、コザで開催中の沖縄市工芸フェアに出かけました。
コザのパークアベニュー通りとゲート通りに挟まれた一番街商店街。19ヶ所の店舗等を会場に、沖縄市ゆかりの工房が作品を展示・販売する企画です。一つの会場に数件の工房が出展しているので、工房の数としては57件になります。
会場前にはAからSまでの標識が置かれていて、案内所で配られた地図を頼りに会場を訪ねます。
ところで、この日はコザまでバスで来ました。
自宅最寄りのバス停(国場)には高速バスが停車するので、名護、海洋博公園、西海岸のリゾートホテルなどに乗り換え無しで向かうことができます。沖縄南ICまでの所要時間は29分です。
工芸展会場を一巡するとお昼を過ぎるでしょうから、ワタクシ、コザの食堂で生姜焼き定食を食べつつ、ビールをいただく所存でございます(^-^)v
さて、わざわざコザに来てまで工芸品を見たり買ったりしたいのかと問われれば、それほどではありません。
「じゃあ何してんの?」って話ですが、普段は躊躇してしまう店舗に気楽に入れるチャンスなんですよ。
こちらはパークアベニュー通り。トリップショットホテルズのレッドルームです。
ここはAサイン時代の「バー・テネシー」をリノベーションしたホテルの客室。
入ってみたいじゃないですか。工芸フェアの会場でなければ、この部屋に宿泊するしかありません。
部屋の写真をお見せしたかったのですが、お客さんが多く、写真を撮るのは遠慮しましたm(_ _)m
部屋の間取りはこんな風です。広さ97?のスィートルームです。
(続く)
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今週来沖したひよこさんが「慶良間へ行こう」と言うので、同じ歳のオヤジ二人で春の慶良間に渡りました。
ダイビングでもなくフィッシングでもなく、ただただ海と島を眺める日帰り旅行です。
ハイシーズンの慶良間は船も宿もレンタカーも混雑するでしょうが、今の季節はそんな心配は不要で、高速船の料金は2割引でした。
泊港発が9時。座間味島に6時間30分滞在し、泊港着が17時10分です。
島に着いたらレンタカーを3時間借りて、島の展望台を一巡しました。
上の写真は女瀬の崎(ウナジノサチ)展望台。左端に渡名喜島が見えています。
展望台は岬の先にあり、その細い岬がウナジに見えたのかとチラッと考えましたが、崎をサチと沖縄風に読んでいることから、女瀬をウナジと読んだだけのようです。
次の写真は古座間味(フルザマミ)ビーチ。座間味島のメインビーチです。
レンタカーで3時間、昼食に1時間、散歩や買物に2時間の配分で6時間が過ぎました。
島に渡るならせめて一泊はしたいと思っていましたが、ダイビングでもなくフィッシングでもない座間味島は6時間が適当でした。
昼食は和山海雲(ワヤマモズク)で三枚肉丼(もずくスープ付き)をいただきました。島のオリオンビールは本島で飲むよりも美味いのよね(^-^)v
ひよこさん。また何処かに行きましょ〜ね。
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沖縄の某ロックバンドのデビューアルバム「恋人よ」。ジャケットは沖縄本島某所で撮影されました。
ナイチの沖縄ファンの皆様で、このロックバンドの名前が思い浮かび、かつ、ジャケットの撮影場所が分かるようなら、「沖縄通」と呼ばせていただきたい。
極めて少ないサンプル数なので、確かな情報とは言えませんが、ウチナーンチュに「どのロックバンドが好き?」と尋ねた時に、かりゆし58のファンには迷いがありません。
「もう、それはかりゆし58」
オレンジ・レンジやモンゴル800などの人気バンドを思い浮かべることなく、直ちにその名前が出てきます。他のバンドよりもコアなファン層が強く形成されているのかもしれません。
かりゆし58の魅力は優れた楽曲と共に、ボーカル、ベースを担当する前川真悟の人柄をあげることができそうです。
彼の人柄って、つまりこんな感じです(笑)
ここは那覇の某食堂前です。左のオバサマは店員のひろみさん。
#オワリはじまり#かりゆし58#うるままるごと文化祭音楽祭#うるま市石川公園 pic.twitter.com/Ur9bjuXAaz
— 沖縄の風景 (@coralway39) May 1, 2022
冒頭のジャケットの撮影場所は大宜味村饒波。道の先に辺土名高校前バス停が見えています。
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1990年代、沖縄アクターズスクールでトレーニングを積んだ、安室奈美恵、SPEEDなどが日本の音楽シーンを席巻しました。
どうして沖縄はこれほどの人材を輩出できるのかと、当時は不思議に思ったものです。
最近、そのあたりの事情に詳しい人が話す内容を聞いて、なるほどなぁと思うことがありました。
沖縄アクターズスクールに通っていた子供達はほとんど学校に通っていなかったと。
週末だけレッスンに通うナイチの子供達とは比較にならない練習量をこなしていたんですね。
沖縄の就職事情は今も昔も芳しくなく、特に女の子達は小中高と進学するよりも、歌やダンスにかけたほうが成功確率が高いと判断したのではないかと。
もちろん、才能が無ければ話になりませんが、沖縄の女の子達は覚悟と努力が違ったということですね。
ところで、今井絵里子は漢字を書けないそうです。勉強よりも歌やダンスに人生を賭け、成功を収めたのですから、彼女にとっては「それが何?」って話なんでしょう。
もちろん、漢字の読み書きが一切できないということではなく、人並みにはできないってことね。たぶん。
宜野湾市大山にあった沖縄アクターズスクールは創業者の息子や娘に代替わりし、昨年から事業を再会しています。現在は那覇のパレットくもじに本社と練習場があるようです。
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10日ほど前のこと。泉崎ホテル(仮名)近くの駐車場で事故がありました。
この駐車場は6階建で、屋内のスロープを使って車が昇降するタイプです。そのスロープを下っていたオジィがブレーキとアクセルを踏み間違え、車が駐車場最上階の外壁に突っ込んでしまいました。
こちらが新聞に掲載されたオジィの車。
ビル外壁の強度がこのような事態を想定していたか否かは不明ですが、車が外壁を突き破り泉崎通り(あるいはその歩道)に落下していたら大惨事につながるところでした。
ところで、このオジィは71歳。66歳の私にとっては5年後の姿です。たったの5年ですからね。認めたくはないけれど、現実的な問題なのよね(^^)
年齢に関係なく、アクセルとブレーキを踏み間違えることはあるでしょう。問題は踏み間違えに気付いて、「あっ!!」と思った時の反応です。
若い人は瞬時にアクセルから足を離し、ブレーキを踏み直すことができますが、オジィは足が動きません。このことに私は既にココロタアリがあります(^^)
今の仕事は何事も無ければ70歳まで続けることができる契約です。退職する日に、以降の生活設計を描きつつ、運転免許証返納の時期を考えるってことですかね。
どこにも行けないじゃないの(泣)
いやぁ、大変なことになってきたなぁ。
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大宜味村旧塩屋小学校をメイン会場に開催中のやんばるアートフェスティバル。今年から、那覇にもサテライト会場が設けられました。
場所は泊港近くのホテルアンテルーム那覇。
このホテルの外壁に描かれている作品が「アブとハブ」。
琉球の入れ墨「ハジチ」を施した手がハブを捕まえています。
ハブは怯えた顔で震えています。
ハジチを施した手の主はお婆さん。与那国島ではお婆さんの敬称が「アブ」だそうです。つまり、アブがハブを捕まえていると。
「アブとハブ」の作者はKeeenueさん。30代の女性です。
作者はシワが刻まれた手とハジチから力強さを感じとり、その手はハブをも捕まえてしまうだろうと思ったとのこと。
「アブとハブ」が描かれているホテルの外壁は泊港に面しています。
解説が無いと解釈は難しいでしょうが、ハジチとハブが登場するこの作品を私は気に入りました。
こんな海に面した場所で、作品は劣化しないのでしょうか。しばらく経って、再び通りかかってみようと思います。
「アブとハブ」を探すのではなく、泊大橋がこの角度で見える場所を探して下さい。
そこで振り返ればオッケーです(^-^)v
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ある日の早朝、早番の私は泉崎ホテル(仮名)のフロントで駐車場の鍵を受け取りつつ、申し送りを聞いていました。
フ「Cさん、おはようございます。昨日からご一泊のミヤザワカズフミ様。駐車券に押印がありませんが、駐車料金はお連れの方からいただいてますので、そのままチェックアウトしていただいて結構です」
C「マネージャーさんが支払ったのね」
フ「えっ?。ミヤザワ様をご存知なんですか?」
C「島唄を知ってる?。『島唄よ風に乗り〜』ってやつ」
フ「もちろん知ってます」
C「じゃあ、THE BOOMは?」
フ「だから知ってますってば」
C「え〜?」
フ「あっ!!」
ということがあり、やがて駐車場には月極契約の車が入って来ました。宿泊客ではなく、通勤のために駐車場を利用されているお客さんです。
極「Cさん、おはようございま〜す。お願いしま〜す」
C「宮沢和史さん泊まってるってば。もうすぐ現れるはずよ」
極「え〜、ほんと!?。どうしよう」
C「どうするの?(笑)」
極「仕事は遅刻して出待ちするべき?(笑)」
C「Kさんがよろしく言ってたと伝えておくよ」
極「アハハ。わかった。お願いね」
そうそう。こんなふうに反応してくれないと。
そしてまもなく宮沢さんが現れました。立体駐車場から車が降りて来るまでの間、少し会話ができるかと思っていたら、うーむ。
帽子を深く被り、眼鏡にマスク。もうそれは「私に関わらないで」って雰囲気だったのよね。
それで、
C「この度はご利用いただきありがとうございました」
宮「どうも」
C「デビュー35周年、おめでとうございます」
宮「ありがとうございます。よくご存知で」
C「THE BOOMのメジャーデビューから35年ですか?」
宮「そうです。島唄からは31年になります」
C「・・・」
おしまい(^^)
この様子ではオチオチ街も歩けません。有名人の宿命ですよね。
まあ、たいした話ではないけど、「くるちの杜音楽祭」はアットホームな雰囲気で、宮沢さんもリラックスされているみたいで良いって話をしたかった。
島唄@宮沢和史&くるちの杜スーパーバンド pic.twitter.com/xfktzryZWx
— 沖縄の風景 (@coralway39) September 22, 2019
あっ、そうそう。宮沢さんは近々、お爺ちゃんになるみたいですね。ちむどんどん。
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17年前の沖縄美少女図鑑に載った二階堂ふみさん。当時12歳でした。
たちまちナイチの芸能プロダクションの目にとまり、モデルとなり、さらに女優としてキャリアを重ねています。
最近、彼女が出演したバラエティ番組がちょっとしたニュースになりました。沖縄出身の彼女に沖縄方言で話しかけたら思わず方言を使ってしまうのか、演じることのプロとして標準語で応対できるのか。そんな企画だったようです。
全国各地の方言を楽しく紹介する企画は人気がありますが、彼女が出演した番組は「沖縄方言を使ったらアウト」というルール。
それがかつて沖縄で使われた方言札を連想させると指摘され、放送局が「沖縄方言の歴史的背景ついて配慮が足りなかった」と謝罪することになりました。
放送局にも、二階堂ふみさんが所属している芸能プロダクションにも、「沖縄方言の歴史的背景」に配慮できる人がいなかったんですね。一人も。
放送局は「差別的であるとのご指摘は真摯に受け止めており、今後の番組制作に生かしていく」と述べたそうですが、無知を解消するってそんなに簡単なことではありません。
今回の番組関係者の中に、この企画から沖縄方言を外すことを提案できるとすれば、二階堂ふみさんしかいなかったのではないかと思います。
幼くして沖縄を離れた彼女にそれを求めるのは酷とは思いますが、ウチナーンチュが訴え続けないと、やがて問題は風化してゆくことでしょう。
「昔のことじゃない。いつまでこだわってるの?」みたいな人は沢山いますからね。ナイチに限らず、ウチナーンチュの中にも。
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かなり前になりますが、名護市宮里の島唄居酒屋「結い唄」を訪ねました。唄者松田末吉さんのお店です。
過去の投稿はこちらから。
私が松田さんを知ったのは映画「ホテル・ハイビスカス」でした。父ちゃんがいる東村のパイナップル畑に向かう美恵子が乗ったバスの運転手役。
「ホテル・ハイビスカス」でキジムナータンメーを演じたのは登川誠仁さんでした。そして、誠仁さんの一番弟子が知名定男さん。定男さんはネーネーズやザ・フェーレーのプロデューサーとしても知られています。
松田さんは初代ネーネーズのバックバンドで三線を担当し、ザ・フェーレーのメンバーでもありました。
沖縄民謡界における松田さんのポジションが分かってきますね。
松田さんは「こいつ、ただの観光客かと思ったら、よく知ってるなぁ」と、感心したお顔。
C「私は大阪の大正で松田さんのお兄さんと親しくさせていただいてたんですよ」
松「え〜っ!!」
C「私はお兄さんが出演されていた民謡居酒屋の客で、二、三度店の外でもご一緒させていただきました」
松「驚いたなぁ。ほら、寒イボ寒イボ(笑)」
C「そうした経緯があって、やっと今日、松田さんにお会いできたわけです」
松「なるほど。よく分かりました。携帯番号を教えますから、Cさんの番号も教えて下さい。そして、次から来店の際には必ず連絡して下さい」
そして、次のステージで紹介された私は、店内の皆さんから「よく来た」と声をかけていただいたのでした。
松田さんの唄三線、明るい雰囲気の店内、美味しい料理。名護近辺に滞在の際は『結い唄』をお勧めします。
松田末吉さんのナークニー。いいアレンジです。
— 沖縄の風景 (@coralway39) January 15, 2024]]>
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沖縄県公文書館で沖縄交通史に関する資料が展示されていると知り、覗いてみました。何しろ自宅からバイクで10分、入場は無料です(^-^)v
琉球政府以降(一部は琉球王府)の公文書を保管するための施設ですから、当然、展示物は文書。歴史博物館をイメージして来館し、がっかりされた方は沖縄県立博物館や那覇市歴史博物館へどうぞ。
展示企画のタイトルは「沖縄の乗り物 公文書館資料にみる沖縄交通史」となっていました。
こちらは1981年作成の那覇市都市計画図に、建設準備段階のゆいレール路線図を書き加えたもの。
この路線図を眺めていて、色々な気づきがありました。
まず、終点が赤嶺駅になっていて、那覇空港駅がありません。現在の国内線ターミナルビルの供用開始は1999年ですから、那覇空港駅の位置が定まらなかったのだと思います。
こちらは駅名(案)のリスト。
田原、御成橋、真嘉比、末吉、汀良の各駅名は開業までに小禄、県庁前、おもろまち、市民病院前、首里に変わりました。
駅名の変更はゆいレールの準備段階から2003年の開業までの間に、新たなランドマークが沿線に現れたことによります。
ジャスコ那覇(1993)、沖縄県庁新庁舎(1990)、那覇新都心(1997)、市民病院(1980)、首里城(1992)。
「ウチナーンチュが駅まで歩くはずがない」と言われたゆいレールですが、年々乗客数を増やし、沖縄本島全バス路線の乗客数に肉薄しています。
路線の延伸や三両編成車両の導入などにより更に乗客数が増えるでしょうから、今年あたりバスを追い越すかもしれません。
観光客の私が沖縄に通い始めたのは2000年頃で、ゆいレールは建設中。開業直後のナハ・テラスの窓から地面が剥き出しの新都心が見えていました。
振り返れば、ゆいレールの開業までの約20年で、那覇には都市としての機能が(まがりなりにも)備わりました。その都市機能を結ぶ役割をゆいレールが果たしたことは間違い無いでしょう。
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