年金を請求する日がやってキタカ(^^)

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    明後日の金曜日は私の63回目の誕生日。年金支給年齢の引き上げに伴う過渡期の処置として、私は63歳で受給資格を得ます。

     

     

     

    若い人達は興味が無いかもしれませんが、年金財政はかなり逼迫していて、民間企業で言えば「継続企業の前提に重要な疑義あり」な状況です。

     

     

    そこで、国は年金支給年齢を少しでも上げようとしています。私の場合は「63歳から始めるなんて損ですよ。70歳かせめて65歳まで待てば支給額がグンとアップしますよ」とアドバイスを受けることになるでしょう。

     

    しかしね。考えてもごらんなさい。相手(年金機構)は財源不足で困ってるんです。それを何とかするために考えた制度ですから、それに乗っかるのは損でしょ?。だって相手が得するんですから。

     

    国民に少しでも多く年金を支給しようとしてるのならもちろん乗りますけど、逆ですよ。真逆。


     

    さて、年金機構から年金の申請書類が送られてきたので、私は記入を済ませ、謄本などの添付書類を全て揃えました。ところが、申請の受付は誕生日の前日から。つまり明日にならないと受け付けてくれないんですよ。

     

    ハーッシ。

     

    前もって申請を受け付けて、誕生日までに私がポックリ逝ったら、申請をキャンセルすることになるので、それが面倒なんでしょう(笑)

     

     

    申請書類は郵送するか、年金事務所に持参しても良いとのこと。申請書類に目を通してもらえば間違いが無いので持参することにしました。

     

    そしたら、受付には予約が必要で1ヶ月待ちとのこと。いったいどうしてそんなことになるのかと言えば、受付時間を一人あたり45分と見積ってるから。

     

    ハーッシ。

     

    こんなもの5分もあればチェックできるじゃないですか。45分あれば9人消化できるのに、余った40分は何してるんですか。

     

     

    そこであることを思い出しました。あるオバハンがこんなことを言ったんですよ。「年金の申請書類は面倒よ〜。記入ガイドはまったく意味分からんし。だから私は馬鹿になるわよ。白紙の申請書類を年金事務所に持ち込んで『馬鹿だから何も分かりませ〜ん』って言えば一つ一つ教えてくれるでしょ?。楽じゃない」

     

    そりゃあ、45分かかるわよ。ハーッシ。


    薩摩半島の小さな漁村

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      薩摩半島の西海岸。東シナ海に面した小さな漁村が義母の故郷です。鉄道は無く、最寄り駅に行くにもバスを乗り継ぐ必要があります。

       

       

       

      義母が集落を案内してくれましたが、「大好きなビーチがあそこ」とか、「ここから海岸に下りたら近道できる」とか、目線が子供なので笑いました。

       

       

      集団就職で大阪に向かう義母を乗せたバスが海岸線を走る様子を想像してみました。義母は大阪で知り合った同郷の男性(義父:故人)と結婚し、一男一女を産み、育てました。

       

      人生で何を成したかなどと面倒な話をしなくても、娘とその家族を伴って故郷に帰ったのですから、良い帰郷だったと思います。

       

       

      昨夜、義母の人生最後の帰郷は無事に終わりました。しばらく経って「また行こな」と言いはしないかと、私は少し心配しています(笑)


      義母の人生最後の帰郷

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        大阪に住む義母が久しぶりに鹿児島へ帰郷すると言い出して、「誰かが付き添わないとね」くらいの話だったところ、義母がボソッと「これが最後になるのかなぁ」と呟いて雰囲気が変わりました。

         

        そして、大阪から義母、家内、長女。東京から次女。沖縄から私が、それぞれのスケジュールで鹿児島に集結することに(^^)

         

         

        こちらは指宿の某有名ホテル。錦江湾の眺めが素晴らしい部屋でした。

         

         

        来月、このホテルで将棋の竜王戦が行われるそうです。名門ホテルのアカシです。

         

         

         

        それにしてもホテルの廊下が長いこと。

         

         

        このホテルの施設は全国各地の観光ホテルのように、高度成長期に開業してバブル期に増改築というパターン。国際障害者年が1981年ですから、バブル期にはバリアフリーがまだ浸透していなかったんですよ。

         

        そればかりか、わざわざ段差をつけることで高級感を演出しているかのような設計が目立ちました。

         

        部屋からお風呂まで距離が長く、その上アップダウンがあるため、一度お風呂まで往復した義母は二度目は「もういいわ」と(^^)

         

        「階段にスロープをつけましたとか、エレベーターを増やしましたでは解決しないな」と言うと、建築士の次女が「まったくその通り」と。

         

         

        こちらは鹿児島に先乗りした長女と次女が泊まった湯之谷山荘(霧島温泉)。

         

         

        部屋や食事は標準的ながら、温泉は極上。二人とも「何度でも行きたい」と。

         

         

        何が旅の目的かってことですよねぇ。指宿の有名ホテルは義母にとって思い出の場所だったそうなので、その意味では良かったんでしょうが、長女や次女に宿選びを任せたら違った結果になったでしょう。

         

         

        さて、私は以前から気に入ってるいも焼酎を探しましたが、その酒造所は販売店を選ぶんですよ。結局手に入らず昨夜の食事で試した焼酎を買いました。

         

        「残波の黒」みたいな名前ですね(笑)

         


        仕事を休むとどうなるか

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          義母の「人生最後の帰郷(本人談)」をサポートするため、鹿児島へ向かっています。明日の仕事は休み。相棒のAに頑張ってもらいましょう。

           

           

          もちろん二人分を一人で配達するのは無理。半分の保育園に遅刻してしまいます。

           

          そこで、明日の配達の一部を今日のうちに済ませたわけですね。人参やじゃがいもなど重くていたまないモノ。

           

          今日の午後、冷蔵室で明日の商品を確認すると、通常の1/4程度の量でした。これはちょっと運び過ぎました。

           

           

          C「おい、お兄ちゃん。明日は楽勝やんか」

           

          A「にっ、荷物は少ないけどよ。何かあったらどうしゅるかな。Cさんはいないし」

           

          C「二人分運んでもいつもの半分だろ?。こんなことなら、俺は毎日休んでもいいんじゃないの?」

           

          A「しょ、しょんなわけないさ。何かあったら電話するからよ。あー、早く終わって欲しいさ」

           

           

          某青果店でAと働き始めて早や8年。私もAも風邪などの体調不良で休んだことがありません。早寝早起きの規則正しい生活が、これほど人を健康にするものかと驚きます。

           

           

          あらかじめ休む予定があれば、今回のような対応ができますが、仮に私かAのどちらかが急病で休むことになったらお手上げです。特に仕入れが問題で、急病になった当日はなんとかなったとしても、翌日は確実にアウトでしょう。

           

          私かAのどちらかがコロナに感染したら事態は更に深刻です。保育園への配達は完全にストップし、某青果店は損害賠償を求められることになるでしょう。

           

          経営者の危機管理能力を問われる局面ですが、ウチナーンチュかつ90歳の経営者は根拠無く「大丈夫」と思っていますから、コストのかかることは絶対に何もしません。

           

          「じゃあお前がなんとかしろよ」と思われるかもしれませんが、私は健康な毎日を過ごし、コロナの感染予防をきちんとすることで責任を果たします。だって、そんな報酬は貰ってませんてば(^^)


          真喜屋の滝(普久川滝)

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            名護市真喜屋の真喜屋の滝へ行ってきました。車止めのチェーンが張ってある場所が滝への入口。

             

             

            坂道を下ります。

             

             

            坂道を下りきると川に出て、小さな砂防ダムが橋を兼ねていました。滝まで川に入らずに歩けますが、ここだけは靴底が濡れます。川の流れは右から左。

             

             

            橋を渡ります。流れは左から右。この道はかつての多野岳遊歩道の一部だそうです。

             

             

            もちろん、川を歩いてもいいですね。

             

             

            滝の入口から20分ほどで真喜屋の滝に到着しました。滝壺を河童が泳いでますねぇ(^^)

             

             

             

            今年の夏は比地大滝  ター滝 など、名前の知られている滝を回りましたが、ヤンバルには無数の滝があります。真喜屋の滝は 源河川 の支流にありますが、本流から滝までの2キロほどの間に大小7つの滝があるそうです。

             

            ヤンバルの山から海まで距離はわずか。そこを流れている川は、山と海との高低差を一気に下ることになるので、滝が無いと下りきれません。そんな短くて急な川でも常に水が流れているのはヤンバルの森の保水力のおかげでしょう。

             

             

            ヤンバルの川は凹凸が激しく、足下が滑ります。水に落ちると身体を冷やすし、滝があれば迂回したり登はんすることになります。それはつまり沢登り。沢登りには装備と技術が必要で、素人が真似をしてはいけません。

             

            3年前にター滝を登った人(素人)がいて、滝の上から15m下の滝壺を覗き込みました。そして落下して命を落としました。

             

            自分にできることとできないことの見極めができるのが大人です。いくら仲間に誘われても、できないと思ったら断らないと。

             

            そして、こうした事故が続くとタナガーグムイのように滝が閉鎖されてしまいます。ほんと、調子に乗らないで欲しい。

             

             

            それから子供にはライフジャケットが絶対に必要です。川遊びに来た子供達はほとんどライフジャケットを着ています。我が子に「貴方は必要無いの」とは言えませんよね。


            国頭村の小学校(7)佐手小学校

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              佐手小学校は昨年春、北国小学校と共に休校となりました。休校になった前年度の生徒数は5人でした。

               

               

               

               

              国頭村の小中学校が次々に廃校や休校になっています。廃校になった小学校が2校、中学校が6校。休校になった小学校が2校。

               

               

              行政は「学校の適正規模」を唱えていますが、それは小学校の廃校、休校を進めるためのへ理屈です。

               

              日本は教育熱心な国のようでいて、教育関連予算のGDP比は先進国で最低水準です。豊かな国でありながら、教育にお金をかけません。

               

              ですから、例えば国頭村が小学校の老朽化した体育館を改築したいと考えても、県や国に「その前に適正規模に達していない学校を廃校にしてコストを下げなさい」と言われてしまいます。「コストを下げたら予算を認めましょう」と。

               

              足を食べ尽くしたら、タコはどうやって生きていくんでしょう。

               

              「学校の適正規模」を目指した結果、日本の小学校の1クラスあたり児童数は先進国で1、2位を争う事態になりました。小さな学校を目指している世界のトレンドに逆行してるんですよ。

               

               

              さて、ヤンバルの過疎化に歯止めをかける方策はあるのでしょうか。かつてのように木材や炭で稼ぐことは難しいでしょうから、ヤンバルの自然を活用したビジネスを検討することになりそうです。

               

              国頭村安波の山中にこんな施設があります。「国頭村環境教育センターやんばる学びの森」

               

               

              施設の中をヤンバルクイナが歩き、リュウキュウイノシシまで姿を見せるそうです。


               

              YouTubeに紹介ビデオがありました。



              「学びの森」を運営している「NPO国頭ツーリズム協会」の定款が実に素晴らしい。

               

              この法人は、自然環境や歴史、文化、人材など地域の資源を正しく理解し、保全を図りながらその適正な利活用を通して、地域の活性化および持続可能な地域づくりに寄与することを目的とする。

               

              いやぁ、これがヤンバルの生きる道ではないでしょうか。

               

              エコツーリズムの拠点を各集落に置き、この趣旨に沿って訪問者(観光客)をコントロールすることができれば、継続的なビジネスが成立する可能性がありますね。うまく軌道に乗れば若い人達が集落に帰ってきて、子育てができるようになるかもしれません。

               

               

              「学びの森」は子供の学習施設として使われることが多いようですが、大人こそここで学ぶべきでしょう。

               

              備瀬のワルミが閉鎖になったのは、訪問者のマナーの悪さが原因でした。タナガーグムイが閉鎖になったのは訪問者の水難事故が続いたから。いずれも大人の仕業なんですよ。

               

              干潟を目にすると土砂をぶちまけたくなる人達が県庁の11階あたりにいますね。そこにはヤンバルのダムをすきあらば増やそうとしている人達もいます。海には土砂をぶちまけるわ、山は水没させるわ。もはや自分達が何をやってるか分からなくなってるんじゃないでしょうか。

               

              あぁ、それから、ヤンバルの山中に不要な林道を網の目のように通した人達が、林道と林道の隙間を見つけて、新たな林道を通そうとしています。

               

              こんな人達こそ「学びの森」でみっちり勉強してもらうのが良いでしょう。

               

               

              ヤンバルは世界に類を見ない動植物の宝庫です。2016年に国立公園に指定され、近々、世界自然遺産に登録される見通しです。


              国頭村にはその自然を活用し、保全する方策を考えていただきたい。そして、ヤンバルの過疎に歯止めをかけていただきたい。無人となってしまった学校に生徒達を戻していただきたい。

               

              どうかよろしくお願い致します。

               

              (終わり)

               


              国頭村の小学校(6)佐手小学校辺野喜分校

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                国頭村の小学校巡りも残すところ2校。写真は2013年に廃校となった佐手小学校辺野喜分校です。

                 

                「へのき」と読みがちですが「べのき」

                 

                 

                 

                 

                1895年に辺野喜尋常小学校として創立され、休校になった2009年までの114年間、卒業生を送り出してきました。それから11年、ここには生徒がいません。それでも生徒達の気配がするのは校舎が介護施設として活用されているからでしょう。

                 

                 

                これまでに国頭村の小学校は2校が廃校、2校が休校となりました。中学校は6校が廃校となり、村内の中学校は辺土名中学校の1校だけになりました。

                 

                学校がずいぶん減ってしまいましたが、逆に言えば、かつては各集落とは言わないまでも、それに近い数の学校が配置され、沢山の生徒が通っていたということ。

                 

                生徒数を調べたわけではありませんが、本土復帰の頃までは各集落に子供が沢山いたってことですね。それから人口が減少に転じ、最近は更に減少率が高くなっています。 

                 

                 

                二冊の本を思い出しました。

                 

                一冊は「日本人はなぜキツネに騙されなくなったのか」

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                日本人がキツネに騙されなくなったのは、1965年頃から。日本は高度成長期に入り、街は近代化し、人の住む場所と自然は完全に分離されました。長い間、自然と共存してきた日本人は、その生活スタイルを変えてしまいました。

                その頃、日本人はキツネに騙される能力を失ってしまったんです。自然界には説明のつかないことがいくらでもあり、昔の日本人には、それを「キツネに騙された」と決着させる精神構造がありました。今は合理的な説明がつかないことは信用されません。

                 

                沖縄にキツネはいませんが、高度成長期を本土復帰に、キツネをキジムナー(ぶながや)に置き換えると話が合います。

                 

                 

                もう一冊はそのぶながやの本。

                 

                 

                山城善光さんがヤンバル中を歩いて集めた、ぶながやの実在証言集です。かつては沖縄本島の各地にいたぶながやはその数を減らし、今では絶滅を心配されています。ヤンバルから姿を消しつつある子供達と重なりますね。


                国頭村の小学校(5)北国小学校

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                  沖縄のフォトスポットの一つは海に向かう下り坂。海が盛り上がって沖縄らしい風景が撮れます。坂道は急なほど良く、読谷村のウージ畑などは最高です。

                   

                  北国小学校へ向かう通学路に立つと、校舎の屋根より高い位置に海が見えてました。

                   

                   

                   

                   

                  北国小学校は昨年4月から休校となり、生徒達は17km離れた辺土名小学校へ通っています。休校前の生徒数は5人でした。

                   

                  生徒数が少ないと個別指導に近いかたちで授業を進めることができますね。教師は生徒の理解度を正確に把握できるので、生徒は落ちこぼれようがありません。望んでも叶わないような教育環境と言えるでしょう。

                   

                   

                  北国小学校は他校との交流を積極的に進めてきました。

                   

                  (1)合同授業

                  毎週2日、佐手小学校に児童を集めて授業を行い、その日は複式学級を解消した。

                   

                  (2)遠足と研究発表会

                  毎年の遠足と研究発表会は、ヘキ地5校が合同で開催した。

                   

                  (3)集合学習

                  毎年6月の5日間、北国小、佐手小、奥小の3校が集まり、合同授業を行った。

                   

                  (4)交流学習

                  年に1度、ヘキ地5校の児童を辺土名小と奥間小にそれぞれ1日集め、交流学習を行なった。

                   

                  (5)修学旅行

                  毎年、北国小、佐手小、奥小の3校が合同で修学旅行を行なった。

                   

                  いやぁ、充分じゃないでしょうか。生徒数が少ないことが本当に問題ならば、北国小学校の取り組みは全国のへき地小学校のお手本になるでしょう。

                   

                  行政はしきりに「学校の適正規模」を訴えますが、それが本当に子供達のためになるものなのか。小学校の6年間と中学高校を含めると12年もの間、片道17kmの通学を強いる根拠にはならないと私は思います。

                   

                   

                  北国小学校の海側に回ってみました。背後にはヤンバルの森。

                   

                   

                  北国小学校の生徒達は定期的に森に出かけ、ヤンバルクイナの鳴き声に近い周波数の音を出し、それに反応した鳴き声を聞き分けることで、ヤンバルクイナの生息数調査を続けてきました。 また海岸では、海亀の産卵を静かに見守ってきました。

                   

                  北国小学校で学んだ生徒達が懐かしく校舎を思い出す時、その背景は森なのか海なのか。安須森(アシムイ)から日が昇り、東シナ海に日が沈む小学校。休校にするにはあまりにも惜しい立地だと思いました。


                  国頭村の小学校(4)奥小学校

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                    国頭村の小学校巡りはヤンバル東海岸を北上して奥集落に着きました。

                     

                    あらためて小学校の場所を確認しておきましょう。東海岸を北上して安波小学校、安田小学校、楚洲小学校(廃校)。そして奥小学校。

                     

                     

                    奥集落には沖縄本島最北端のイメージがありますが、地図を見ると宜名真の北国小学校(休校)が更に北ですね。西海岸を南下して、佐手小学校辺野喜分校(廃校)、佐手小学校(休校)、辺土名小学校、奥間小学校。

                     

                    このうち、辺土名小学校と奥間小学校は生徒数が多く、当面、存続を問われることは無いでしょう。残る7校のうち2校は廃校になり、存続校を「へき地5校」と呼んでいました。そのうち昨年度から北国小学校と佐手小学校が休校になったので、生徒がいるのは、安波小学校、安田小学校、奥小学校の3校です。

                     

                     

                    話は変わりますが、国頭村の小学校の修学旅行先は那覇です。あの大都会の那覇(^ ^)

                     

                    へき地5校(現在3校)の生徒達は一台のバスに乗れるので合同の修学旅行です。バスに乗った3校の生徒達は翌年から同じ中学校(辺土名中学校)へ通います。あらかじめ仲良くなっておく必要がありますよね。

                     

                     

                    奥集落の茶畑と、

                     

                     

                    奥川の清流。

                     

                     

                     

                    こちらが奥小学校です。昨年度の生徒数は9人でした。

                     

                     

                     

                     

                    石碑に刻字されているように、国頭村の子供達は若鮎に例えられることが多いようです。奥小学校の校歌には「いざ起ていざ起て奥の若鮎よ」と、安波小学校の校歌には「若鮎の子らたくましく」とありました。

                     

                     

                    それにしても、9人の生徒達が使う施設としては充分過ぎますね。その上、校長以下10人の教職員がつきっきりなんですから、子供達は素晴らしい環境で教育を受けていると言えます。

                     

                    小学校の正門近くに教職員住宅がありました。通勤できないから先生方もそのご家族も奥集落の住民になっていただくわけです。そして、集落の年中行事にも参加していただくと。

                     

                    教職員住宅に空きがある場合、山村留学生の住宅として利用されているようです。留学する子供だけではなくて家族も住めて家賃は無料のようです。


                    国頭村の小学校(3)楚洲小学校

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                      JUGEMテーマ:地域/ローカル

                       

                      国頭村の東海岸を安波、安田と北上し三番目が楚洲集落です。写真は楚洲の伊江川。県道から川をジャブジャブ歩いてわずか10分でこんな場所に着きます。

                       

                       

                      まさに桃源郷。ここに来れば、山も川も海も自然のままが最も美しいと、誰もが再認識できるでしょう。

                       

                       

                      楚洲の高台にあった楚洲小学校は2004年に廃校になりました。楚洲の子供達はお隣の安田小学校に通っています。

                       

                       

                       

                       

                      かつての校舎は老人ホーム「楚洲あさひの丘」として活用されているので、廃校から16年を経ても学校の雰囲気は色濃く残っています。

                       

                       

                      楚洲共同売店の前にこんな石碑がありました。

                       

                      楚洲小学校

                      発祥の地

                      明治33年7月10日創立

                       

                       

                      明治33年(1900年)に安田尋常小学校の分教場として開校した楚洲分教場は1942年に楚洲国民学校として独立し、2004年まで卒業生を送り出してきました。

                       

                       

                      へき地の小学校は毎月発行する「学校だより」を集落の全世帯に配ります。楚洲小学校は104年も続いたのですから、集落のほぼ全員が卒業生。「学校だより」を読んで行事予定をカレンダー記入し、新任の教職員の顔と名前を頭に入れます。

                       

                      集落の人達は運動会などの学校行事に積極的に参加し、校長や教職員は豊年祭などの年中行事に参加する。そこには小学校と集落全体で生徒達を見守る環境がありました。

                       

                       

                      行政は「学校の適正規模」なる言葉を多用します。小学校の生徒数が少ないことが問題だと考えており、問題解決のためにその小学校を廃止しようとします。

                       

                      生徒数が少ないことは単なる事象であり、そのことが直ちに問題だとは思えません。安田集落区長の「学校も無い集落に誰が住みたいと思うのか」という訴えに、「学校の適正規模」をいくら説明しても答えにならないんですよ。

                       

                      小学校がコミュニティの中心にあるのですから、その廃止はコミュニティを破壊しますよね。当然に。


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                      念願の沖縄生活を始めて11年になりました。
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