上間のクワディーサバンタ

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    首里城の南側、金城町石畳道を下ると安里川。そこから南に登る坂道が識名坂(シチナンダビラ)です。

    識名坂は識名台地の北端にあたり、台地の上には北から順に、繁多川、識名、上間と3つの集落があります。上間集落は識名台地の南端にあたり、南に急坂を下ると国場川に出ます。


    その上間集落の南端がクワディーサバンタ。バンタは端っこ。つまり、崖を意味します。

    今日は、その崖の上からの眺めを紹介しましょう。

    まず、南東方向。南風原町津嘉山の市街地。その向こうは南城市です。



    次に南西方向。嘉数の丘の向こうは糸満市です。



    クワディーサバンタは広い公園(上間中央公園)になっています。





    かつて、この広場の真ん中にクワディーサの大木があったことが名前の由来です。ここは上間集落の集いの場。南向きの眺望が広がる、素晴らしい場所です。標高は72メートルあります。


    ある日、那覇市のお役人がやって来て、ここを那覇市の公園にしてはどうかと言ったそうです。そうすれば管理費用を市が支出できるのでお得ですと。

    上間自治会は丁重にお断りしたそうです。

    「自分たちが造った公園やのに、使うたびに市に申請せなあかんやなんて、そんなあほな。」

    ってことだそうです(笑)。

    いい話ですねぇ。


    上間青年会エイサー

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      夏になって、私の自宅で、毎晩のように太鼓の音が聞こえていました。あれだけ練習したことを知ってしまうと、やはり本番を観に行かないと。

      ここは上間集落。村井戸のすぐ上にある「井戸の松尾小(カーヌマーツーグヮ)」です。



      松の木に囲まれた毛(モー)で、村井の水源の真上にあたります。村井の水質を保つために、このスペースには何も建てない取り決めが為されたそうで、昔は毛遊び(モーアシビ)の場となり、今は公民館の駐車場になっています。


      エイサーのメンバーが集合し、道ジュネーの時刻を待っていました。

      こちらが、エイサーを先導するトラックです。



      手作り感満点のトラックには、音響装置やライトが装着されていて、荷台には地謡(ジウテー)の座る場所があります。




      道ジュネーの起点までトラックで移動して、いよいよ本番です。



      集落内を練り歩き、



      コンビニの駐車場などの広いスペースに到着すると、そこで演武を披露します。



      それでは、ご覧下さい。


















      バチさばき、腕の伸ばし方、脚の上げ方など、太鼓打ち(テークウチ)のマスターすべき技術があり、それを練習して身に付けるのでしょうが、まあ、一言で言ってしまえば、若いっていいなぁってこと。

      顔つき、身体のバランス、躍動感、しなやかさ、声の張り・・・。若い子でないと太鼓打ちは務まりません。

      私の見立てでは、上の写真の子が一番でした。

      上間に住んでいる方なら、彼の屋号、名前、年齢、性格、すべてご存知でしょうから、なお楽しく観れたでしょう。


      いや、若いっていいわ。やっぱし。

      オジサンが若さを見せつけられてしまうのがエイサーなんですよねぇ(笑)。


      上間の村井(ムラガー)(2)

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        上間の村井(ムラガー)の正面には小堀(クムイ)があります。



        丘の上にある上間集落ですが、この小堀のあたりだけが窪地になっています。元々、村井の水が自然に溜まったのでしょうが、大雨の時の調整池として、あるいは防火用水として、集落の役に立っているようです。



        今、小堀の周囲はコンクリートで補強され、転落防止用の柵が設置されていますが、かつては、馬を連れて降りれるような緩やかな斜面になっていました。馬に水を与えたり、馬の身体を洗ったりしたのですね。


        さて、上の写真には、大きなガジュマルが写っています。

        昔、上間のあるニィニィが、馬を繋ぐために、どこからか棒を拾ってきて地面に突き刺しました。

        なんということでしょう(笑)。

        その棒はガジュマルの枝で、生きていたんです。

        「あれあれ」と言ってる間に、その枝は根を張り、葉をつけ始めました。

        馬を繋ぐための棒に根が生えただなんて、貴方。なんて好都合なんでしょう(笑)。馬が押そうが引こうが抜けることはありません。

        ガジュマルはどんどん成長し、やがて大木となりました。もはや、馬を繋ぐには幹が太すぎ、ガジュマルは当初の役割を終えることになったのです。

        上間集落の皆さんは、「まあ、邪魔になるわけじゃないから。」と、ガジュマルをそのままにしておくことにしました。

        そして、現在に至る。と。

        楽しい話ですねぇ。

        (終わり)


        上間の村井(ムラガー)(1)

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          芹澤健介さんの「血と水の一滴」を読み終え、久しぶりに上間集落を歩きました。

          上間の村井(ムラガー)です。



          大きなクワディーサーが、広い木陰を作っています。

          上間の村井は、昭和15年に大改修され、コンクリート造りとなりました。沖縄戦の戦禍を逃れ、今日に至っています。




          「血と水の一滴」p64

          最初の目的地である丘の頂上で水源の井戸を発見したときには、給水班全員が歓喜のうなり声を上げた。

          「ふぅ、生き返るわ」

          「こんなうまい水は飲んだことがない!」

          「まさに命の水だ!」

          井戸は、馬が二頭も入れそうなコンクリート製の立派な造りで、壁面には「紀元二千六百年記念」と刻まれていた。


          神武天皇の即位2,600年となった昭和15年。全国で記念行事が行われ、上間では村井を使い易くするために、大改修したんですね。



          青年軍医森本義丈の足跡を追った、芹澤健介さん。上間の村井で、この文字を見つけた時は、震えが止まらなかったそうです。


          飲み水用の井戸の脇にある洗濯ガーです。



          今は金網で囲われていますが、かつては集落の女性が洗濯に集まり、夕方には男性が水浴びに集まりました。

          湧き水のあるところに人が集まり、集落が形成されました。村井が集落の中心になるのは当然と言えます。

          (続く)


          時の鐘

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            毎朝4時半に起床し、かつては考えられなかった健全生活を送っている私です。

            日曜日の朝くらい、朝寝坊すればいいのに、勝手に目が覚めてしまい、まったく困ったものです。

            今朝6時前、私は近所のコンビニに向かいました。


            すると、国場川対岸の万福寺が明け六つの鐘を打ち始めましたので、かねてからの懸案事項を解決すべく、急遽、そちらにバイクを走らせたのでした。




            懸案事項とは、万福寺の鐘を打つのは機械か坊さんかというもの(笑)。

            坊さんでした。


            何回打つのか数えたことはありませんが、どうしてあんなに等間隔で打てるのかって疑問も同時に解決し、たいへん結構なことです。



            つまり、坊さんは

            鐘を打つ→お経を唱えながら鐘を一周する→鐘を打つ

            を繰り返してるのでした。

            なぁるほど。


            私が立っている場所は、久米仙の工場前です。



            「久米島の久米仙」と「久米仙」は違う泡盛ですのでご注意下さい(何をか?)。


            国場の朝。運転代行で強制送還されるおっさんがいれば、野球部の早朝練習に向かう高校生がいます。

            おっさんは、体力、知力の面で明らかに高校生に劣ります。それなのに、日曜日の朝からこんな生活態度ではねぇ。

            それで、若い人にお説教するんですから、まさに厚顔無恥。本当に恥ずかしい。

            酔っ払ってる暇があるなら、万福寺でお経でもあげておきなさい。


            さて、こちらは「景色だけは良い」私のアパートからの眺めです。



            「さあ、また一週間が始まるな。」

            と、清々しい気持ちになったワタクシは、ポークを焼き、たった今買ってきたばかりの缶ビールを、プシュっとあけたのでした。

            うーん、日曜日。朝から飲むビールはうまいっ!!(笑)。


            国場の散歩(21) サキシマスオウノキ

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              国場の西端から東端に引越したので、近所の散歩を始めます。「国場の散歩」は一昨年の夏、20回目で中断していましたので、久しぶりの投稿です。

              引越し先の最寄りスーパーは、国場十字路にあるコープです。よろしくお願い致します。




              そのコープの裏手、民家の庭にこんな木が二本。



              木の向こうにある駐車場から見てみましょう。



              この二本の大木はサキシマスオウノキです。樹齢は200年以上。琉球王朝の時代からここに立っているようです。


              本来、サキシマスオウノキは、マングローブ林のある湿地で繁殖し、このような板根が特徴です。(写真は西表島のサキシマスオウノキ)



              以前、上間、仲井真、国場の地名の由来を投稿しましたが、かつての国場は国場川流域の湿地でした。サキシマスオウノキが活発に繁殖できる環境だったのですね。

              それにしても、こんな乾燥した場所で、よくまあ生き抜いてこれたものです。先ほどの写真と比べると見劣りしますが、その根元には、板根らしきものが形成されています。




              さて、このサキシマスオウノキは、毎年たくさんの種を地面に落としているはずですが、いくら落としても、そこは乾燥した地面かコンクリート。発芽の見込みは、まず無いでしょう。

              では、この二本の木は何のために生きているのかってことになります(ならんか?)。人間と同じように、子孫繁栄、無病息災、五穀豊穣を願っているはず。

              ならば、環境を変えてしまった者の責任として、二人を住みやすい場所に移してやるべきでしょう。


              四の五の言うのなら、伐採してしまうぞって貴方。またそんな無茶苦茶を(泣)。

               

               

               


              上間の村獅子「ミートゥンダシーサー」(2)

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                上間集落の村獅子は他にもいます。前回も捜しましたが見つからず、この日は二度目の捜索です。

                「このあたりのはず」と思ったら、2秒で見つかりました。なんじゃそりゃ!!

                前回、私はいったい何をしていたんでしょう。

                村獅子の「ミートンダシーサー」です。ミートンダはウチナーグチで夫婦の意味です。

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                お父さんと、

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                お母さん。

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                夫婦の村獅子は初めて見ました。この夫婦は集落の東端にいて、南東方向の糸数グスク、玉城グスクを睨んでいます。いや、睨んでいるはずですが、劣化が進み、今や焦点も虚ろです。


                琉球王朝の前、沖縄の三山時代。国場川が中山と南山の境界でした。つまり、上間は国境の集落だったのです。

                それで私は、上間の村獅子は三山時代に造られ、南山の各グスクを睨んでいると思っていましが、それは大間違いでした。

                三山時代は1429年まで。村獅子がその時代に造られたのなら、600年近く前のものになります。

                ところが、沖縄最古の村獅子は、1689年に造られた富盛の村獅子と言われています。だから、上間の村獅子は、古くても320年ほど前のものです。


                三山時代の終わり、中山は南山を滅ぼしました。以降、上間に起こった災いごとは南山の怨念によるものだと考えられ、後に、悪霊を追い払う(フーチゲーシ)ことを目的に、村獅子が造られた。そして、その悪霊は南山の各グスクにいると考えられていたのですね。これが正解のようです。

                村獅子は集落の守護神であって、他を攻撃するものではないってことです。

                ミートンダシーサーの劣化が激しいので、相当古いものだと早合点していました。そもそも、材料に使った石灰岩の質が悪かったのかもしれませんね。


                上間の村獅子「ミートゥンダシーサー」(1)

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                  那覇市の東端。上間交差点から、丘の上の上間集落を見上げています。

                  20130106211416_0.jpg

                  国場川流域の集落は、こうした丘の上に形成されていることが多く、丘の下(国道沿い)の街は、河原を埋め立てたり、整地したりして、新しく形成されたものです。

                  下から見上げましたので、次に上から見下ろしました。

                  集落の南端。上間バンタからの眺めです。

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                  バンタは端っこの意味から転じて、崖を意味します。本島南部、島尻の眺めが良い場所です。


                  こうした丘の上は、幹線道路が通らないので、昔からの集落のカタチが保たれています。つまり、歩いていて楽しいのです。

                  こちらは、集落の中心にある、村井戸と小堀(クムイ)です。

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                  そして、集落南側の崖上にいるのが、以前紹介した、村獅子(シーサー)の「カンクウカンクウ」。南方向の八重瀬グスクに睨みを効かせています。

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                  (続く)


                  パン屋の新しい看板

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                    自宅マンション1階の「カバのパン屋」です。

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                    従業員は、オーナーであるカバのお父さんと、そのお母さん。そして、若くて美人の女性店員が二人です。皆さん、気さくな方ばかりで、私がしょうもないことを言うても、ちゃんと反応してもらえます。

                    店舗とガラス一枚隔てた場所で、朝早く暗いうちから一日中パンを焼いていて、いつもいい匂いがしています。


                    店舗前にはパンを食べながら休憩できる場所があります。そして、隣の八百屋を隔てるフェンスには、地元のクリエイター、エノビ☆ケイコさんによるカバのアートが。

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                    もちろん、美味しいパンがお店の「売り」ですが、店構えにもオーナーの「ヤル気」を感じさせますね。


                    店の前は、鳳凰木ストリートとして地元でも有名な広い道路で、鳳凰木がパン屋の店先にいい日陰をつくっています。

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                    店舗前には駐車場があるので、路上駐車せずにパンが買えますが、この駐車場が、カバのパン屋の唯一の欠点なんです。駐車場のせいで、店舗が奥まった位置となり、道路から目立ちにくいのですよね。


                    そこで、最近、オーナーが考えたのがこの看板です。

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                    う〜む。5日間、考えに考えた結論にも見え、5分で決めたようにも見えるこの看板。

                    売り上げ向上に繋がるのか?


                    寄宮から真玉橋に向かう下り坂の途中、左手です。

                    この看板を目印にお越し下さい。


                    外壁のリニューアル

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                      JUGEMテーマ:地域/ローカル

                      牧志の3丁目。オリオン通りと竜宮通りが交差する場所に、こんな建物がありました。

                      戦後、この付近の飲食街が形成された頃から、ずっと残っているかのような古い建物です。

                      20120909105647_0.jpg

                      それが、いつのまにか、こんなになってました。

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                      いいですねぇ。ペンキで何もかもチャラにする、この発想。


                      鼻と口の向きが違うんじゃないかとか、これはマリリンモンローではなく、ウチナーンチュのそっくりさんではないかとか、細かい問題は色々ありますが、飲食街の雰囲気作りに貢献してます。

                      落書きをしようとした人も、一応、左下あたりに小さく描いて、遠慮したわけね。偉い偉い。

                      左の頬のあたりにハンズフリーマイクが描いてあるのかと思ったら、電力量計でした。


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