糸数村獅子、カマンカジ、糸数樋川(1)

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    南城市の糸数集落に来ています。

    古くからの集落に必ずいるのがこいつ。



    昔、糸数集落に住む男性が、フーチゲーシの村獅子四体を彫り、集落の各入口に配置しました。

    こいつはそのうちの一体で、集落の南口に立っています。



    昔はキリッとした男前でしたが、寄る年波には勝てず、体型もメタボです。




    私は集落を散歩する際に、そこの村獅子に「はい、ちょっとお邪魔しますよ。」と挨拶する意識があります。

    ところが最近、少し気に入らないことがあります。どの集落も口を揃えて村獅子に救われたと言うが、それはホンマかいなということ。

    火事が多かったのがピタッとやんだとか、疫病が流行ってたのに全員が治癒したとかですね。

    糸数集落の場合は、赤ん坊の死亡率が高かったところ、獅子のおかげで、みんな元気に育つようになったと。

    これが、ど〜も嘘くさい。


    私は、何十ヶ所も村獅子を訪ね歩いているのですから、たまには、

    「干ばつが何年も続くので村獅子を彫ったけど、ちっとも雨は降りませんでした。この役立たずっ!!」

    みたいな獅子が、いても良さそうなものです。

    集落の伝承は、その集落にとって良い話になりがちです。役所の文化財課の皆さんは、それを鵜呑みにせず、獅子が彫られた時代背景を、きちんと調べて欲しいものです。


    さて、村獅子に挨拶が終わりましたので、井戸に向かいましょう。


    琉球五偉人、羽地朝秀の墓

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      一つ前の投稿で、私と浦添市教育委員会との会話(作り話です)を紹介し、そこで私は、『中山世鑑』を編纂した羽地朝秀(1617-1676)を日琉同祖論の始祖だと言いました。

      羽地朝秀は儀間真常(1557-1644)らと並び、琉球五偉人と讃えられている人物です。薩摩支配直後の琉球で数々の改革を断行し、その後の琉球・沖縄の基礎を築いたと言われています。


      ではまず、羽地朝秀に会いに行きましょう。

      ここはモノレール儀保駅の近く、平良バス停です。



      そこで西を向けば、以前は首里平良郵便局があったのですが、移転したのか、建物を新築中でした。



      その右奥に緑色の看板があり、細い坂道が右手に分岐しています。



      ネットにぶつかりそうな細い坂道です。



      右手の森は通称「チャーギ山」。沖縄ではチャーギの葉をヒヌカンにお供えします。

      どこにチャーギがあるのか探していたら、坂道が石畳道になりました。



      細っそい坂道とバカにしていたら、実はこの道、末吉宮の参道なのでした。琉球国王が末吉宮に参拝する際に通った道です。それならそうと言ってほしいものです。

      やがて参道は三叉路となり、末吉宮へは左の道を進みます。



      そこを右に進むと、突然、大きな墓が現れました。



      で、でかっ!!

      ここが羽地朝秀の墓。正確には羽地家の墓だそうです。亀甲墓の雰囲気がありますが、亀甲墓が広まる少し前のスタイルです。

      墓所内に石碑がありました。



      読み辛いのですが、「贈正五位 羽地朝秀之墓」とあります。

      大正11年に建てられた石碑で、この年、羽地朝秀は大正天皇から官位を与えられたのですね。


      大里南風原集落の散歩(1)

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        おい。



        バス待ってんのか?


        南風原集落の村獅子か。初めまして。



        姿勢はキリッとしてるようやけど、も少し男前にしてもらえば良かったのに。なんやねんその口は。



        まあ、他の村獅子のように「途中でやめました。」みたいな感じが無いのはエエな。脚もちゃんと彫ってもろうてるし。


        おっ!?



        この角度だと、なかなか凛々しいか?


        で、何処に睨みを効かせてんのかいな?



        あっちの山か。

        ほ〜、尻尾もあるんやぁ。

        あっちの山には何かいるのか?

        行ってみるか(笑)



        背後の丘の上が島添大里グスク。

        斜面に南風原集落があって。一番低くなった前面に獅子がいると。



        集落の古老が「西の山に対するケーシ」と言うたそうやけど、山には何もおらんで。

        やっぱり、邪気を集落内に入れないことが役目じゃないの?。立ってる位置が集落の玄関やし。

        バス停の位置がそこに決まったのは、便利がいいからやろ。それが獅子のすぐそばってのは、偶然じゃないと思うわ。


        じゃあ、集落に入らせてもらうで。俺は邪気じゃないから通してな。

        (続く)


        南城市大里の大城グスク(3)

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          大城按司の墓は大城グスクの近くですが、佐敷から新里ビラ(県道137号線)を登るとわかりやすい場所にあります。

          県道からユインチホテルに入る道に右折し、ホテル前を直進(通過)します。右手に老人ホームが見えたら、そのすぐそばに墓の案内板があります。

          案内板前の路上から眺めた大城グスクです。



          いい眺めです。

          グスクの背後に、八重瀬や糸満の広大な平地がのぞめます。大城按司は、このすべてを手中にしたいと思ったことでしょう。


          大城按司が討たれた(もしくは自害した)場所はグスク近くの稲福集落あたりで、かつてはそこに墓所があったようです。

          後に、按司の子孫(つまり、麻氏門中)が現在の場所に墓を移したのですね。大城グスクが良く見える立地を探したのでしょうが、いい場所が見つかったものです。


          それでは、墓所に入ります。

          木立ちに囲まれた空間があり、そこに墓があるようです。



          「うっわー!!」と歓声があがりました。ワタクシ一人ですがね(笑)。



          墓マイラーの私が、見たことの無い形です。



          約100年前に建てられた墓で、立方体に見える墓室は琉球石灰岩をくり抜いたもの。前面に切石が積まれています。

          上部のドーム型の石積みは、かつての墓をイメージしたものだそうです。つまり、稲福にあった墓は、塚のように石を積んだ形だったわけです。


          先祖崇拝の意識が高い沖縄ですが、これほどの墓はなかなかありません。

          墓の中で大城按司が喜んでいるのはもちろんですが、麻氏門中の皆さんも、この場所で一族の誇りを感じることでしょう。


          さて、墓参りが終わりまして、ユインチホテル前から続く道をさらに進みますと、右手にこんな歩道橋がありました。



          車道にも歩道があるのに、何のための歩道橋なのか、よくわかりませんね。歩道橋を架けた後に、新しい道路が通ったのかもしれません。

          その歩道橋からの景色です。

          佐敷が一望でき、勝連半島から、



          知念までが見渡せます。



          このあたりは風の通る場所として有名ですが、実にいい気持ちです。


          大城按司の没後、佐敷按司の尚巴志が三山を統一しました。

          大里按司との戦で、旗手が旗を倒さなければ(笑)、大城按司が尚巴志の立場になっていたかもしれません。

          確かにそれは残念でしたが、子孫が600年も続き、立派な墓を建ててもらったのですから大城按司は幸せです。

          尚巴志の墓は読谷の山中にあり、それはひっそりとしたものでしたからね。

          (終わり)


          糸満の村獅子(3) 大里獅子

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            糸満の村獅子。三体目は大里の獅子です。

            三山時代、大里は南山王国の首都でした。王の居城は南山グスク。グスク跡地は高嶺小学校となっています。

            南城市にも大里があり、両者を区別するために、南城市大里を島添大里、糸満市大里を島尻大里と呼ぶことがあります。

            初代の南山国王は承察度(うふさと)。居城は島添大里の大里グスクでした。

            20121016135233_0.jpg

            そして、二代目国王の汪英紫(おうえいじ)が、首都を島尻大里へ移したようです。


            その島尻大里集落の獅子がこちらの方です。



            「やる気あるのか!?」と言いたい。

            かつての首都の村獅子としてはいかがなものかと。

            色々なアングルを試して、一番男前に撮ったのがこれ。



            昔はもっと男前だったでしょうが、歳を取りすぎました。

            まあ、本来の役割(八重瀬岳へのケーシ)は今でも果たしているので、そこはよくやってます。




            材料が琉球石灰岩ですから、獅子が徐々に朽ちることは仕方がありません。

            が、しかし、村の守護神ですからね。集落によって、扱いの差があることは残念です。

            獅子を丁重に扱い、崇拝している集落とそうでもない集落。それは、集落の信仰心の深さと相関するのか、しないのか。

            これまであちこちの獅子を訪ねた私の感想としては、相関があるように見えます。

            (終わり)


            糸満の村獅子(2) 国吉獅子

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              座波の獅子に会った後、一気に南下して国吉集落に向かいました。

              なだらかな丘を越えた先に、国吉の獅子がいました。



              キリッと八重瀬岳に向いてはいますが、その顔付きは、まるでアニメのキャラクターです。

              この獅子は西暦2千年に新しく彫られたもの。先代の獅子は風化が進み、ただの石になってしまったようです。獅子後方の石が、おそらくそうでしょう。



              国吉集落の皆さんの想いとは違うでしょうが、私には、この獅子が集落を訪れる人を歓迎しているかのように見えました。

              つまり、国際通り入口の獅子と同じです。今や八重瀬岳は火を噴かないし、敵対関係の集落は無いでしょうからね。


              座波集落も国吉集落も、北側に丘があり、南に下る緩斜面に農地や集落があります。

              もちろん、陽当たりがよろしいわけです。沖縄でも冬は寒いので、北側の丘が北風を遮り、夏は南風が集落に涼をもたらします。

              斜面に降った雨は地面に浸透し、クチャ(不透水層)に溜まります。それが湧き水となり農地に撒かれますが、その水は再び地面に浸透し、次のクチャに溜まります。浄化された地下水は、再び湧き水となり、集落の生活用水になります。


              村獅子の近くに立ち、付近の地形や集落の位置などを眺めると、そこに人々が集まった理由がわかる気がしてきます。

              (続く)


              糸満の村獅子(1) 座波獅子

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                一つ前の投稿で紹介した通り、沖縄本島南部は隆起珊瑚礁により形成されていて、全域がなだらかな丘陵地となっています。

                遮る山が無いため、糸満市や八重瀬町のかなり深い位置から沖縄県庁を見えることがあり、驚きます。

                糸満市の臨海地帯は都市化が進みましたが、内陸部はサトウキビ地帯。北部には、照屋、兼城、座波など、中部には豊原、与座、大里、国吉、真栄里など、古くからの集落が残り、集落内のスージは網の目のようです。


                古くからの集落と言えば、石造の獅子。村獅子コレクターの私にとっては、楽しみな場所です。

                最近、訪ねた村獅子は次の5ヶ所。北のピンから時計回りに、座波、与座、大里、国吉、照屋です。



                与座の獅子と、



                照屋の獅子は紹介済みです。



                与座の獅子は対抗する座波集落へのケーシ、照屋の獅子は八重瀬岳(火山)へのヒーケーシが、その役割でした。


                では最初に、与座の獅子に睨まれ、それを睨み返してる座波の獅子。



                「うわっ!!」

                崩壊と言うか、溶解と言うか、えらいことになっています。

                背中側から見れば、獅子に見えなくもありません。



                座波の獅子は、石を彫ったものではなく、獅子に似た自然の石を獅子とみなしたようです。

                元々、沖縄では自然石や岩を崇拝することが一般的です。石敢當は本来石造りで、ヒンプンも石造りのものがあります。拝所などで見られる霊石(ピジュル)は、どう見てもただの石ですが、そんな事を口にするもんじゃありません。

                ですから、自然の石を獅子にみなしても、まったく問題無いのですね。

                が、しかし、空き地の片隅に放置されているかに見える座波の獅子は、もはや霊力を失っているのかもしれません。

                見つけるのに苦労しました。「まさかとは思うが念のため。」と思った石が獅子でした。

                (続く)


                糸満市照屋の村獅子(2)

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                  一つ前に投稿した照屋の村獅子について、もう少し。

                  獅子のいる場所を県道側から見たら、このようになっています。



                  右手に案内板があり、そこから階段を上がったテラスに獅子が鎮座しています。原っぱに半ば放置された獅子さえいる中、これは破格の扱いと言えるでしょう。

                  残念なことに、獅子は県道側にケツを向けているのですね。

                  観光バスのガイドさんが「照屋の獅子でございます。」と紹介しても、「何でケツなのか?。」と言われてしまいます。

                  こちらを向けば、照屋のシンボルとして、更に立派に見えるはず。

                  ところが、獅子が八重瀬岳に対するヒーゲーシを役割としているので、そうもいかないんです。

                  ほら、ちゃんと、家屋の隙間から、八重瀬岳を睨み付けています。




                  そこでもう一つ、新たな問題として、獅子の視線の先にマンションが建つ可能性が浮上してきます。

                  獅子も、

                  「そんときは、どうすんだよ。えぇ!!。」

                  と心配していました。


                  前の記事に書いたように、今や、八重瀬岳を火山(ヒーザン)として恐れている人は少なくなりました。獅子はこれまで、立派にその役割を果たしたのです。

                  そこで、マンションが建ったアカツキには、獅子にこっちを向いてもらったらどうかと思います。それならば、県道を通る人々にケツを向けている問題も解決です。


                  何事も試してみることが大切ですので、ワタクシが獅子になりかわり、県道に向かって立ってみました。

                  嗚呼。

                  県道の向こうには、照屋の集落が。

                  自分の集落にケーシさせてどうする。さすがにこれはいけません。


                  もうこの際、獅子には県道を渡っていただきましょう。そして、照屋集落の高台で、引き続き八重瀬岳を睨んでいただくと。



                  獅子も笑顔で、

                  「そんでエエやん。」

                  と言ってます。

                  ついこの間、県道の拡張工事で移動してもらったばかりなのに、まことに申し訳ないです。


                  じゃあ、そういうことで(笑)。


                  糸満市照屋の村獅子(1)

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                    糸満市照屋の県道77号線沿い。照屋入口バス停のすぐ近くに、照屋の村獅子がいます。





                    大きさ、彫刻ともに、かなり気合いの入った獅子です。

                    どの年代に彫られたのか不明だそうですが、沖縄最古(最大)と言われている富盛の大獅子に近いようです。


                    富盛の大獅子は、火山(ヒーザン)と呼ばれた八重瀬岳への火返し(ヒーゲーシ)を目的としたもので、獅子を設置すると災いがおさまったそうです。

                    それならばと、照屋の人達も獅子を彫り、八重瀬岳に対してヒーゲーシさせたのでしょう。




                    村獅子の役割は、5種類に分類できそうです。

                    (1)火山に対するヒーゲーシ
                    富盛の大獅子(vs八重瀬岳)


                    (2)大きな岩などに対するケーシ
                    真玉橋のイリノシーサー(vsガーナ森)


                    (3)敵対するグスクへのケーシ
                    上間のカンクウカンクウ(vs長嶺グスク)
                    20120516172233_0.jpg

                    (4)敵対する集落へのケーシ
                    与座の村獅子(vs座波集落)


                    (5)村に入ろうとする悪風へのフーチゲーシ
                    与那原の村獅子
                    20120328170049_0.jpg


                    今、八重瀬岳を恐れたり、他の集落と敵対したりする意識は希薄になり、(1)から(4)の村獅子は、次第に(5)に収束していると言えそうです。

                    屋根の上のシーサーがその家を守るように、照屋の村獅子も照屋集落のシンボルとして、この場所に鎮座しているかのようです。


                    照屋の村獅子を観察すると、面白いことに気付きました。

                    こちらから撮ると



                    反対から撮ると



                    獅子は真っ直ぐ前を向いているのに、私と逆方向に向かって吠えているように見えます。

                    見えませんか?

                    見えない。

                    あら、そう(笑)。


                    獅子の身体には、沖縄戦で受けた弾痕が残っていました。





                    最後の写真は、「アイテテテ!!」って表情に見えますね。

                    見えない。

                    そうなの(笑)。


                    糸満市与座の散歩(4) 上与座集落

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                      下与座の高嶺製糖工場跡と軽便高嶺駅跡を歩いた後、上与座に向かいました。

                      上与座と下与座の位置関係はこうです。



                      写真右下が与座岳山頂で、白い建造物がガメラレーダーです。そして、写真上部で蛇行している川が報得川。つまり、与座は写真の下から上に向かう傾斜地です。

                      そして、与座岳に近い集落を上与座、報得川に近い集落を下与座と呼びます。


                      本来、与座集落は上与座にありましたが、戦後、米軍に占領されたため、住民が高嶺製糖工場跡地に移り住み、下与座を形成しました。そして、上与座が返還された後、一部の住民がそこへ戻ったのです。

                      集落で最初に住んだ人の家、もしくは場所を「根家(ニーヤ)」と呼びますが、与座集落の根家は上与座にあります。


                      次の写真は与座の馬場跡。左手の建物は与座コミュニティセンター(公民館)です。



                      コミュニティセンターの敷地に村獅子がいました。



                      正面からアップにすると、



                      なかなかいい表情です。人が良さそうな獅子ですね。

                      報得川対岸の座波集落への返し(ケーシ)が彼の役割だそうですが、この表情ではねぇ。川を挟むと仲が悪いってのは沖縄全域で不変の法則のようです。


                      与座馬場を進むと、突き当たりのやや手前右手に、アカチチグスクがありました。



                      アカチチは「暁(あかつき)」。グスクは御嶽を意味することがあります。

                      上与座には多くの御嶽がありますが、石組みがある御嶽は、アカチチグスクと与座ヌ御嶽。

                      ところが、与座ヌ御嶽がみつかりません。

                      事前に写真で見た与座ヌ御嶽がこちら。



                      この大木を目印に集落内を探しましたが、どこにも見当たりません。

                      仕方なく、コミュニティセンターに戻りました。応対してくれた女性職員が、前方の赤瓦の建物を指し、その近くだと教えてくれましたが、



                      さっき、ここには来たんですよねぇ。

                      彼女はこの建物を「殿内(ドゥンチ)」と呼びましたから、御嶽を管理するノロが、この場所に住んでいたんでしょう。

                      だとすれば、やはり、御嶽があるはずです。

                      ありました。



                      ありましたが、写真で見た大木がありません。だから、気づかなかったんですね。


                      御嶽の石組みは、御嶽の祠(ほこら)にすぎません。アカチチグスクは背後の森が、与座ヌ御嶽は大木が、神が宿る場所(すなわち御嶽)のはず。

                      その大木が無くなったら、拝みができませんね。

                      どうするんでしょう。

                      コミュニティセンターに戻り、そこんとこをどう考えるのか聞こうとしましたが、「そんな事を聞いてどうするんや。」と言われそうなのでやめておきました。

                      そのかわりに、御嶽が見つかったお礼を言うと、先ほどは無愛想、いや、緊張していたかに見えた女性が、とても嬉しそうにニコニコしてくれてなによりでした。


                      最後に、与座ガーを久しぶりに訪ねました。



                      相変わらずの水量で、ガーは元気です。

                      この湧き水は今でも農業用水として使われていますが、戦前は、製糖工場で使われ、軽便の機関車への給水にも使われました。

                      それから、写真と同じ形状の水車が製糖工場に設置され、サトウキビから糖液を絞る動力となっていたようです。

                      昔も今も、集落にはなくてはならない湧き水です。


                      ところで、最近の水質検査の結果、ガーの水が飲み水としては不適となったそうです。与座岳にできたゴルフ場がアヤシイってことになっていますが、因果関係は不明です。

                      (終わり)


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