沖縄歌劇「奥山の牡丹」

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    今日、RBCアーカイブス特選って番組で、沖縄歌劇「奥山の牡丹」を放送してました。

    2002年に解散した乙姫劇団の最終公演で、会場はかつて東町にあった県立郷土劇場です。




    琉球王朝の時代、ある男女の間に男の子が生まれましたが、身分の違いから二人は結婚できませんでした。我が子の将来を考え身を隠す母。

    男の子は成長し、母を捜す旅に出ます。そして、再会する母子。



    母は人里離れた奥山で、息子に見立てた牡丹を育て、その成長を祈る毎日を過ごしていました。


    沖縄芝居は概ねハッピーエンドに終わるのですが、沖縄三大悲歌劇と呼ばれる「奥山の牡丹」は悲しい結末を迎えます。

    母子に感情移入してしまうのはもちろんですが、オジぃオバぁの世代では、身分の違いで結婚ができないことがあったかもしれないと思えば、まあ、二重三重に泣かせていただきました(笑)


    ストーリーが単純なだけに、なおさらグッとくる芝居です。

    やっと再会できた母子が、何故悲しい結末を迎えることになったのか。そのワケはネットで探せば知ることができますが、いつかは観ようと思ってる方は、探さないことをお勧めします。


    劇団伊良波 母の日公演(2016)

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      一昨日は母の日。県内各地で沖縄芝居の母の日公演が開催されました。

      那覇市民会館は伊良波冴子劇団による「奥山の牡丹」。



      沖縄芝居三大悲劇の一つで、お母さん達を泣かせる演目と言って良いでしょう。

      三良(サンラー)役に佐辺良和、チラー役に小嶺和佳子(昼)、知花小百合(夜)。三良の息子、山戸役に良和君の親友金城真次。


      それにしても、小嶺和佳子さんのお美しいこと。



      単にカーギが良いってことだけなら、他にもいらっしゃるかもしれませんが、高い舞踊の技術に裏付けられた所作を含めた美しさ。つまり、美人女優のカテゴリーで比較するなら、彼女が今の沖縄では一番だと思います。


      さて、この公演に、某青果店のお父さんとお母さんが連れだって出かけました。

      そして次の朝。

      父「C君、昨日は行かなかったのか?」

      C「いやぁ、この劇団は去年も一昨年も観たんで今年はやめました。で、どうでした?」

      父「まあまあかな」

      C「フフ(笑)」

      父「なんね」

      C「まあまあかなって、泣いたくせに」

      父「アハハ、ちょとグヮ泣いた(笑)」

      C「(笑)」

      鬼の目にも涙。86歳だろうが16歳だろうが、泣けるものは泣けるのでした。
       


      地方が演奏を止めてしまった話

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        先月から沖縄に来ているおもろさん。自転車で本島一周の後、八重山、宮古と周り、今は今帰仁、本部あたりにいるようです。

        道路の上に自転車、自転車の上におもろさん、おもろさんの背中には三線が乗ってるはず。

        おもろさんの旅のスタイルです。孫亀は平仲知念型。




        先日、おもろさんと飲んだ時に、こんな話になりました。

        お「もっと腕を上げて、いつかは組踊の地方(じかた)をやってみたいですねぇ」

        C「ほ〜、ええやん。市場に踊りの上手い兄ちゃんがいるから練習してみるか?」

        お「ほっ、本当ですかっ!?、やってみたいです」

        C「佐辺良和っていうんだけど」

        お「さっ、佐辺良和!!。なっ、何言ってるんですかっ!!。駄目ですよ、駄目」

        C「ほう、不満なんや」

        お「Cさ〜ん。やめて下さいよ。佐辺さんとこで、そんな話をしないで下さいよ。シャレにならないっすよ」

        C「そんな言うならやめとこか。残念やわ」

        お「本当に言いそうで怖いわ」

        C「(笑)」


        で、さっき、佐辺昆布店で言いました(笑)

        あいにく良和君はいなかったので、ご両親に。その時、お父さんがこんな話をしてくれました。

        父「良和が小学生の時に、こんなことを言うわけさ。」

        C「ふむふむ」

        父「地方の三線が5本いたらさ、5本が微妙にズレてるわけよね。それを全部聞いてたら踊りが崩れるさぁね。だから良和は、5本のうち1本だけを聞き分けてたらしい」

        C「へぇ〜、それが小学生の時の話?」

        父「びっくりさぁね」

        C「本当、びっくりだ」

        父「いつかは、地方の三線がよ、良和の踊りに入り込んじゃって、演奏を止めちゃったことがあってよ」

        C「うわ〜、そんなことがあるんや」

        父「ワシが知っているのは、これまで二度だけど、なんかそうなるんだよね」

        C「う〜む。かなりの腕の地方なんだろうけど、さらに上を行かないと駄目ってことかぁ。凄いなぁ。」


        いや、驚きました。凄い世界です。

        それにしても、踊りに入り込んで演奏が止まるって、どうなってるのか。

        踊りに演奏がつられたり、その逆はありそうですが、組踊の地方を務める技量の持ち主が、演奏を止めてしまうなんて。

        う〜む。

        おもろさんは、何が不満だったのか?


        組踊「矢蔵之比屋」(2) 棚原グスクと津記武多グスク

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          さて、組踊「矢蔵之比屋」は、矢蔵之比屋が棚原の按司と津堅田の按司を討つ場面から始まります。

          前述の通り、矢蔵は西原町幸地です。比屋は跡取りの意味ですから、ここでは按司と読み替えて良いでしょう。


          棚原は実在する地名で西原町棚原。棚原グスクは幸地グスクの北東2キロほどの距離にあります。



          そして、津堅田グスクは幸地グスクから南に500m。西原町小波津にある津記武多(チチンタ)グスクです。



          つまり、三人の按司による抗争は近所の喧嘩。

          尚巴志が三山を統一しようかという時代に「君たちは、いったい何をやっとるのか?」と言いたい(笑)


          棚原の按司と津堅田の按司は討たれましたが、棚原の按司の妻子(乙樽と虎千代)と津堅田の按司の子(山戸)は逃げ延びることができました。

          ところが、執念深い矢蔵之比屋により、ついに乙樽(ウトゥダル)と虎千代は捜し出されてしまいます。

          矢蔵之比屋は二人を殺すつもりでしたが、乙樽のあまりの美しさに気が変わり「子供を助けたいのなら私の妻になれ」と。

          「このエロ親父!!」

          子供の命には替えられず、矢蔵グスクで暮らすことになった乙樽ですが、寺に預けられた虎千代が心配でなりません。

          そしてある日、ついに乙樽はグスクを逃げ出し、虎千代のいる寺に向かいます。ところが、その途中で山賊に襲われ、命を落としてしまうのです。


          組踊「矢蔵之比屋」のポスターにあったコピーは、

          「立ち上がれ、父と母の無念を晴らすため」

          物語はまだ中盤に入ったばかり。ところが観客は、

          「はっはぁん、もうわかった。」

          となっています。そして、椅子からお尻を浮かせて座りなおし、安心して舞台に集中するのです。


          このあたりはドラマ「水戸黄門」と同じですねぇ。先の展開がミエミエなのに、どうしたことかハラハラ、ワクワクします。

          それにしても、「水戸黄門」に登場するのは、たかだか地方の悪代官でしょ。助さんや格さんは、あんなに力みかえって印籠を出さなくてもいいのにねぇ。先の副将軍ならば、もっと巨悪を成敗して欲しいものだと思います。

          まあ、つまり。組踊に取り上げられた按司の抗争ではありますが、天下国家に影響を及ぼすほどの事ではなく、水戸黄門のストーリーのように、分かりやすいものなのでした。

          (続く)


          組踊「矢蔵之比屋」(1) 幸地グスク

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            西原町幸地の幸地グスクです。



            グスクをどうこう言う前に、この木にどういうつもりなのかを聞いてみたいものです(笑)

            南洋杉のようですが、標高100mの丘の上にあって、これまで沖縄の台風に耐えてこれたことが不思議です。

            南東方向には知念半島。ご覧の通り、風を遮るものがありません。




            幸地グスクは15世紀初頭、つまり、尚巴志が琉球を統一した時代のグスクです。

            グスクの主は熱田子(あつたし)。

            熱田子の人となりは18世紀に編纂された「遺老説伝(いろうせつでん)」に記されています。

            遺老説伝は琉球各地の伝説142話を集めた書物で、「読んだんか?」と問われれば読んでません。300年も前に書かれた琉球の書物を、素人の私が読めるわけ無いじゃないですか。


            そんな時は組踊を観ればよろしいのです。

            もちろん、組踊の脚本が史実に忠実かと言われれば、そんなことは無いでしょう。だけど、それを言ってしまえば遺老説伝も同じこと。熱田子が生きた時代の300年後に書かれたのですから、その時代の都合に合わせて脚色してあるのが普通です。つまり、五十歩百歩なんです。


            さて、熱田子が良くも悪くも主人公になっている組踊が「矢蔵之比屋(やぐらぬひゃー)」。



            「立ち上がれ、父と母の無念を晴らすため」

            またしても敵討ち(笑)

            組踊も沖縄芝居も、ストーリーは単純明快がいいんでしょうね。


            矢蔵之比屋は幸地の熱田子のことです。

            何故、幸地ではなくて矢蔵なのか。それは、熱田子の子孫の皆さんが、確固たる家系図の下、沖縄の各地で繁栄されているからなんでしょうね。たぶん。

            (続く)


            ガジャンビラの歌碑(1)

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              真地、島添大里と午後の配達を終え、空港道を経由して小禄に戻りました。この日は集金でした。

              小禄に着いたら、まだ2時過ぎ。保育園のおやつが2時半なので、厨房の忙しさは今がピークです。こんな時間に「ちわ〜っす。集金で〜す。」などと入っていこうものなら、調理師に「こいつ、何もわかっとらんな。」と思われてしまいます。

              保育園のそばがガジャンビラ公園なので、そこで時間を潰すことにしました。


              この公園は那覇港南岸の丘陵地にあり、那覇港が一望できます。



              手前が米軍の那覇軍港。港の対岸に見える二つの大きな建物がロワジールホテルで、その左手が三重城(ミーグシク)です。


              ガジャンビラ公園は、丘陵地の稜線に沿った細長い公園です。



              東西(写真では上下)に300mほどの長さだと思います。その西端(写真では上端)にある円形の広場は、かつて、日本軍の高射砲が据えられていた場所です。


              そこに、美空ひばりさんの歌碑があります。




              「花風の港」
              作詞:西沢爽
              作曲:猪俣公章

              赤いさんごの波散る島を
              何であなたはすててゆく
              出船ほろほろ花風(はなふう)の港
              紅の手さじを前歯で噛んで
              しのび泣くのも 恋のため


              琉舞をソコソコご存知の方なら、タイトルの花風でピンとくるはず。

              「花風節」
              三重城にのぼて 手巾持上げれば
              速船のならひや 一目ど見ゆる

              (訳詞)
              三重城に登って手巾を振るのだけど、船足が速くて、ほんの一瞬のことでした




              「花風」は佐辺良和独演会の演目にもありました。

              那覇の港から船出する愛しい人を、三重城から見送る遊女の別れの切なさ。

              辻結いの髪で、ウシンチーに着た紺の絣。日傘と花染手巾を使って、遊女の心情を表現します。


              「花風の港」を作詞した西沢爽さんは、島倉千代子さんの名曲「からたち日記」の作詞者でもあります。

              がしかし、「花風の港」の歌詞がねぇ。ちょっと違うんですよ。

              「何であなたはすててゆく」とか、「紅の手さじを前歯で噛んで」とか。

              表現が直接的と言うか、演歌的と言うか。

              琉球古典をベースにしたのなら、美空ひばり風ではなく、島倉千代子風にしていただきたかった。


              ああ、それから。話は変わりますが、琉球舞踊ナントカ流世主のような立派なお方が、ご自身の芸歴60周年記念公演などの演目に「花風」を入れるのはいかがなものかと思いますねぇ。

              いくら芸に長けていても、見た感じってものがあるでしょう。だからまあそれは、良和君とか若い人に任せるほうが宜しいのではないかと。

              と、余計なことを言いつつ、この投稿は続きます。


              佐辺良和独演会(2)

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                佐辺良和さん、渾身の舞台にケチをつけることになりそうなので、投稿を二つに分けました。独演会の主催者に、私は大いにムカついているんです。

                まず、昨日の開場前の様子から。



                奥のツイタテが受付で、その前に整理券NO上位の客が並んでるところです。

                左半分が1番から60番で、右半分が61番から120番。

                神奈川から来たブログ読者のやまねこさんは、開演3時間前の11時に来て53番。なんとか第一グループに入りました。そして、12時に来た私は115番で第二グループです。

                国立劇場おきなわ大劇場の収容人数は540人ですから、60人のグループが9つできる計算です。やまねこさんも私も楽勝の位置にいると言って良いでしょう。


                やがて開場時刻となり、まず第一グループが、続いて第二グループが受付を済ませました。

                受付を過ぎると、佐辺ご夫妻がお客様のお出迎え。この場所、この時間がお二人の晴れ舞台です。この日のことを、この先何度も、お二人で話をされるでしょうね。

                その奥の和服のご婦人は良和さんのお師匠さんです。




                ここまでは良かった。ここから先は私の妄想が混ざっていますので、適当に聞き流していただきたい。

                大劇場に入ったわたしを唖然とさせたのが、来賓席と関係者席でした。

                舞台に向かって左右2本の通路があり、右手、中央、左手に客席が分かれます。その中央部分の前から後ろまでが、来賓席と関係者席なんです。まあ、正確に言えば、前方の数列と後方の数列は一般席でした。

                つまり、客席の真ん中に、来賓席として約60席、関係者席として約60席が確保されていたのです。座席をS、A、Bに分けるとすれば、Sが来賓席でAが関係者席、そして整理券を手にした客は全員がB席ということ。

                ふざけんな、と言いたい。


                「全席自由」と「S席、A席、B席(自由席)」では、まったく意味が違います。

                せっかく佐辺良和の独演会に行くなら良い席で観たいと、誰もが思うでしょう。全席自由なら、まずチケットを買って、当日は早く開場に行こうとします。

                もし、S席、A席があって、それが売切れならば、「じゃあ今回は見送るか」と考える人もいるはず。

                「全席自由と聞いたからこそ、チケットを買うために徹夜で並び、整理券を得るために何時間も早く開場に来た」と言う客がいても、まったく不思議はありません。

                そんな客が、場内に入って初めて、自分にはB席しか与えられていないことに気付くのです。

                これは詐欺じゃないですか。


                主催者にとって、チケットを買った人を客と呼ぶならば、チケットも整理券も持たない来賓、関係者は身内。

                自慢のお弟子さん(良和さん)を身内に披露することが独演会の目的ならば、自腹で会場を手配すればよろしい。

                それでは出費がかさむが、是非とも国立劇場でやりたい。そこで、全席自由と嘘をついて客を入れることにしたと。


                一流どころの入場料が3千500円の沖縄で、4千円の入場料は破格です。私は以前の投稿で、入場料を4千円にしたのは、お師匠さんが良和さんに「その金額に見合う芸を見せなさい」とプレッシャーをかけたのだろう。また、良和さんはそれに応えてみせるだろうと言いました

                どうやらそんな理由ではなさそうなので、その投稿は撤回させていただきたい。

                開演直後、舞台の良和さんは深々と頭を下げましたが、いったい誰に頭を下げたのか。


                まあ、ブツブツ言っても帰るわけにはいかないので、私は席を探しました。

                ところが、席が見あたりません。

                私より先に入場した114人の客の一部が、前後左右の席に、パンフやらハンカチやらを置いてるのです。その席数は人間の数より多いように見えました。

                まったく。主催者が主催者なら、客も客。どっちもどっちです。

                なぜ主催者はそれを許すのか。何のための整理券なのか。と、言いたいところですが、主催者の行為は、客が入る前の120席にパンフやハンカチを置いたことと同じ。それでは、客に指導はできませんね。


                もちろん、良和さんの公演には、今後も足を運ぶつもりです。ですが、次の独演会だけは行きません。わざわざ嫌な気分になることはありませんからね。

                もう、うんざりです。


                佐辺良和独演会(1)

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                  昨日は佐辺良和さんの独演会。国立劇場おきなわへ出掛けました。



                  客席は満席。チケットはとっくに売り切れで、当日券はありません。



                  5月のチケットの販売開始日。国立劇場には徹夜でチケットを求める人が現れたそうです。

                  徹夜で並ぶなんて、ひょっとすると沖縄で初めてかもしれません。少なくとも、私の知ってるウチナーンチュは、絶対にそんなことはしません(笑)。


                  定刻の14時に幕が開くと、大劇場の奥行きのある広い舞台に良和さんが一人、ライトを浴び、座礼をしていました。満席の場内から大きな拍手が沸き起こりました。

                  6歳から琉球舞踊を始めて芸歴30年。芸の道を歩む青年の姿として、これ以上の場面は無いと思えました。

                  佐辺のお母さんは、もう泣いてるでしょう。
                  (今朝、佐辺昆布店でその話をすると「なんでわかる」と笑ってました)


                  最初の演目は「かぎやで風」。

                  人間の動作はここまで洗練できるものか。とにかく、すべての所作が美しい。


                  琉球舞踊では、演目のストーリーが唄三線によって伝えられます。唄三線の歌詞、曲調に合わせて舞踊が進むので、その理解が無ければ、所作の意味がわかりません。

                  また、琉球舞踊では、首を傾げる角度、肩のまるめかた、膝の折り方など、小さな動きにそれぞれ意味があります。それを理解するにも、一定の知識が必要です。

                  私も、琉球舞踊の舞台を観て、評価はともかく、感想ぐらいは述べてみたい。しかし、それにはそれなりの知識が必要なのだと痛感しました。


                  佐辺良和独演会、チケット売切れ間近

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                    7月5日(日)に国立劇場おきなわで開催される佐辺良和独演会

                    私は、今月末頃、チケットが売切れるだろうと予想していましたが、既に売切れ間近の様子です。





                    タイトル「まさら」の意味は真っさら。このブログ読者のやまねこさんがビンゴでした。


                    初めての独演会を、旭橋にあった県立郷土劇場で開催したのが9年前。その日から、今回の独演会を待ち侘びていた人がいると聞いてます。また、本土からも多数来沖されるようです。

                    国立劇場おきなわ大劇場の客席は578席。



                    ここが満席になるんですね。素晴らしい。


                    佐辺昆布店には、良和さんが何枚かのチケットを持ち込みましたが、 既に佐辺のお母さんが割り当てを終え、私にも一枚(もちろん定価で)いただけるとのこと。


                    演目は以下の通りです。

                    1.かぎやで風
                    2.伊野波節
                    3.花風
                    4.(創作舞踊)夢にこと語てぃ
                    5.(創作舞踊)千鳥
                    6.高平良万歳
                    7.(創作舞踊)あら穂花

                    「かぎやで風」は、おめでたい席に欠かせない琉球古典で、次のような歌(訳)詞です。

                    「今日の喜びを何にたとえる事ができましょう。まるで蕾の花が朝露を受けて、ぱっと咲き開いた様な心持ちです。」

                    第二尚氏王統、尚元王の即位を喜び、王府の士官が作った曲と言われています。

                    つい先日、大きな賞を受けた直後の独演会。舞台に立つ良和さんに、この歌詞を重ね合わせる人は多いでしょうね。

                    いやぁ、楽しみです。


                    劇団伊良波 母の日公演(2015)

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                      日曜日に、伊良波冴子劇団母の日公演を観ました。



                      昼の部は3時から。立ち見は勘弁と思った私は1時半に那覇市民会館に到着しました。ところが、すでにこの通り。



                      2時に中に入れてもらって、こんな感じ。



                      9割がオバぁです(笑)。

                      親子連れは少なく、オバぁ同士が誘い合って来てるようです。やはり若い人(中年も)は芝居に来ませんね。


                      佐辺良和さんと小嶺和佳子さんによる「加那ヨー天川」で、舞台が始まりました。



                      水辺でイチャつく若い二人って設定の踊りです。

                      舞台セットは無いのに、花染手巾(ハナズミティサジ)を上手く使って、水辺の雰囲気を創ります。そして、「加那ヨー節」と「天川節」の軽快なリズムが、オバぁ達をワクワクさせます。

                      演者が変わり鳩間節、続いて南洋浜千鳥。そうして、オバぁ達がジワーッと暖まったところで、芝居が始まるのです。


                      一本目は「情無情」。

                      沖縄に住む正夫は、妻と二人の幼い子供、母親の五人家族です。

                      正夫は尾類のチル小といい仲で、それに腹を立てた妻は、家を出てしまいます。そして、貧乏な暮らしに嫌気がさした正夫はナイチに出稼ぎに行き、音信不通となりました。

                      残された母親と子供達は、たちまち生活に行き詰まってしまいます。

                      数年後、ナイチで成功した正夫が沖縄へ帰ってきました。母親と子供達がなんとか暮らしていたことがわかり、ホッとする正夫。

                      母親と子供達の生活を支え、帰って来る保証の無い正夫を待ち続けたのは、心優しいチル小でした。

                      そのことを知り、ジーンとくる正夫。それを見てジーンとくる客席のオバぁ達。


                      二本目の芝居は「音楽家の恋」。

                      琉球舞踊界を牽引する若手。佐辺良和、金城真次、嘉数道彦が出演しました。良和さんが主役の三線奏者で、残る二人は下男、下女役。

                      あらまあ、随分なキャスティングだなと思ったら、下男、下女の二人が笑わすこと。芝居のストーリーは人情話なのですが、すっかり喜劇です。

                      絶妙のウチナーグチフィーリングと動作。お二人がこれほど面白い人達だとは知りませんでした。

                      佐辺のお母さんによれば、

                      「良和はできないけど、真次君達はウチナーグチができるからね。普段からあんな感じなのよ。良和はとてもついていけないわ。」

                      だそうです。

                      つまり、地でやってると(笑)。

                      私が知ってるお二人は、組踊の立方。厳かに舞う姿が思い浮かびますが、そのギャップが痛快でした。

                      さて、佐辺のお母さんが「どうしよう、どうしよう。」と心配していた、良和さんの演奏シーンです。



                      三線のプロと比較はできませんが、無難で違和感の無い演奏でした。これでお母さんも一安心です。


                      昨日、市場で聞いた話ですが、

                      「日曜日の午後、オバぁの集団が仏壇通りを歩いてたが、あれは何だったのか?。」

                      ですって(笑)。

                      その集団は、市民会館でワクワクして、ジワーッと暖められて、ジーンときて、ゲラゲラ笑って、い〜い気分になったオバぁ達でしょう。

                      公演の後、開南へ遊びに行ったんでしょう。

                      楽しい母の日になって、なによりでしたねぇ。
                       


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                      念願の沖縄生活を始めて8年になりました。
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