儀保交差点から太平橋(2) 儀保ビラ

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    再び、首里の古地図です。



    太平橋の南で二つに分かれる宿道は、右がイーミチ、左がシムミチ。二つの道に挟まれて儀保御待所(4の枠)がありました。

    御待所の近くに横長の小さな森が記されています。この森は丘陵地で、太平橋から首里に向かうには急な坂道を登り、そして下る必要がありました。

    そのため、イーミチは森の東側(右)を、シムミチは西側(左)を抜け、少しでも坂道がなだらかになるような工夫をしています。


    Google earthで付近の航空写真を見ましょう。



    かなり細めになりましたが、横長の小さな森は健在です。その北側をイーミチが抜けています。

    で、シムミチはどうなったか?

    広い県道が開通して、シムミチは飲み込まれてしまいました。この県道は、更に拡張される予定で、その工事の過程で太平橋の遺構が見つかったのです。


    あえて、シムミチの痕跡を辿るとすれば、この階段です。



    この場所にあった坂道は儀保ビラ(ジーブビラ)と呼ばれていました。県道の開通により丘陵地が(ビラも)削り取られ、その急斜面に階段を造ったということ。



    儀保ビラは頂上付近で切り通しとなっていて、儀保くびりと呼ばれていましたが、その形跡は見当たりません。


    沖縄では切り通しをワイトゥイ(割り取り)と呼びます。

    首里近辺では玉陵坂のワイトゥイが、その原型を保っています。



    重機の無い時代に、岩にクサビを打ち込み、文字通り割り取って開通させた道です。岩肌に残るクサビの跡を触ると、結構、ジーンときたりします(笑)

    儀保くびりは、地形から考えて、玉陵坂のワイトゥイほど深くはなかったと思いますが、雰囲気は似ていたでしょう。写真も見あたらず残念です。


    さて、儀保ビラの跡にできた階段を上ってみましょう。

    眼下には拡張工事中の県道があり、道路の向こう側に西森(ニシムイ)が見えます。儀保の御嶽がある神聖な森です。



    私が立っている丘陵地と西森は、そもそも繋がっていて、そこに県道を切り通したのです。

    私としては、この切り通しをワイトゥイと呼びたくはありませんね。重機を使って道を通したのですから、それはインチキというもの(笑)

    ワイトゥイの仲間には入れてあげません(笑)

    (続く)


    儀保交差点から太平橋(1) 儀保御待所

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      首里平良町で太平橋の遺構が発見されたので、先日、その発掘現場を見てきました。

      残念ながら、石橋のアーチ部分は沖縄戦で失われていて、発掘中の遺構は橋の取付道路の擁壁です。



      それにしても、見事な石積みです。太平橋が首里の北玄関にふさわしい橋だったことがよくわかります。


      首里の古地図を見ましょう。



      5の枠が太平橋。

      南に下って4の枠で宿道が二つに分かれます。右が「上道(ウィミチ)」、左が「下道(シムミチ)」。いずれも首里城へ向かいます。

      その分岐を拡大すると。



      御待所(ウマチドゥクル)と記されています。

      この建物は儀保(ジーブ)御待所。国王が北部へ行幸(ぎょうこう)した帰路、家臣らがここで出迎えました。

      あるいは、王府直轄の祭祀の際、各地のノロがここに集合し、揃って首里城へ向かいました。


      以前、聞得大君の御新下りに関連して、赤田御待所を紹介しました。

      赤田御待所は現在の大角座歩道橋の近くにあり、首里の東玄関でした。

      御待所で出迎えることを坂迎え(サカンケー)、あるいは境迎えと言います。儀保も赤田も、首里と他界との境だったのですね。


      北から首里城に向かう人は、太平橋を渡り儀保御待所に入りました。そこで暫し休憩し、身支度を整えたのです。

      まあ、こう言っちゃあナンですが、汚れた格好のまま、儀保御待所前を素通りしたのは、1609年の島津軍と1945年の米軍でした。

      礼儀を知らない「バ〜ロ〜」は、これだから困ります。

      (続く)


      大石公園の種子取祭?

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        先週の土曜日に、識名の大石公園で「ひまわり祭り」が開催されたようです。



        それから4日しか経っていないので、まだ、ひまわりは満開のはず。仕事が終わった夕方、行ってみました。


        「なにしとんねん。」



        祭りに合わせて種をまいたそうですが、今年の夏は日照時間が長かったのか、二週間も早く開花し、祭り当日にはすっかり終わっていたそうです。

        第一回ひまわり祭りは種子取祭りになってしまいました(泣)。

        自宅からバイクでたったの5分。少しは様子を見に行くべきでした。


        いや〜、夕陽がきれいだった。



        悔しいわぁ〜。


        首里から与那原への道(御殿から赤田御待所)

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          先週投稿した「聞得大君(チフィジン)の御新下り(ウアラウリ)」に関連してもう少し。

          聞得大君の御殿、つまり住まいは、首里城近辺に何ヶ所かあったようですが、一般的には、首里汀良町にあった御殿を指すようです。現在の首里中学校の敷地です。

          以前、何か痕跡が無いものかと、中学校の周囲をグルグル歩きましたが、まったく何もありませんでした。


          御新下りに出発した大君一行は、まず首里城正殿で何らかのセレモニーを行い、その後、園比屋武御嶽で出発の報告と道中の安全祈願を行いました。

          20110808072228_0.jpg

          首里城南側の道を崎山馬場へ進みます。

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          馬場を抜けた、現在の大角座(ウフカクジャー)歩道橋の手前あたりに赤田御待所(ウマチドゥクル)がありました。首里の古地図にも示されていますね。



          現在の地図では、このピンの位置です。



          御待所は、首里から東御廻り(アガリウマーイ)や、御新下りに出向いた一行が、首里へ帰って来た時に、坂迎(サカンケー)を行う場所でした。

          坂迎の大和語読みは「さかむかえ」。村から伊勢や熊野へ出向いた一行を、村境で見送り、帰って来た時には、その場所で祝宴を開きました。

          つまり坂迎えは境迎えですね。

          赤田御待所の今、ていうか今日です。



          そこには民家が建っていました。当時を偲ぶものがあるとすればこの石垣でしょうか。



          ただし、この石垣が御待所の遺構なのかどうか。あまり自信ありません。

          (続く)


          首里山川町の琉球士族屋敷跡

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            先日、首里の桃原通り周辺で、「さくの川」「加良川(カラガー)」などの井戸を見て歩きました。

            このあたりには、かつて、首里城を取り囲むように形成された、琉球士族屋敷がありました。

            戦前の写真を見ますと、そこには、琉球らしい、実に美しい街並みがあったことがわかります。








            国王直系の士族などの屋敷は「御殿」、その他の士族の屋敷は「殿内(ドゥンチ)」と呼ばれました。

            桃原通りには、松山御殿の跡地があり、龍潭通りには中城御殿の跡地がありますが、いずれの屋敷も沖縄戦で失われていて、石垣塀や井戸が残るだけです。

            沖縄に現存する士族屋敷は、石垣島の宮良殿内だけ。北中城村には中村家の古い屋敷がありますが、豪農の屋敷ですから、御殿や殿内と呼べません。


            首里山川町には、こんな感じの石垣塀が残っています。





            戦前の首里をイメージするには、こうした石垣塀や、石畳道、井戸などを見て歩きつつ、それ以外の物を、記憶から消す努力が必要です。

            これがなかなか大変で(笑)。


            首里城近辺の井戸から、「キングオブ井戸」を選ぶとすれば、松山御殿の敷地内にある世果報御井小(ゆがふーうんかーぐわー)指司笠樋川(さしかさひーじゃー)に決まりです。

            「異論のある方は、どこからでもかかってきなさい。」と言いたい(笑)。

            20110516224529_0.jpg

            井戸の造形が美しいことはもちろんですが、松山御殿の広い敷地内にあることから、余計な物が視界に入らず、タイムスリップが容易なんですね。

            首里城へお越しの際に、松山御殿にも是非、お立ち寄り下さい。敷地内に、フレンチだったかイタリアンだったか、レストランもあります。


            平良馬場の様子

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              かつて琉球競馬が開催された平良馬場(テーラゥンマウィー)の跡地を訪ねました。場所は那覇市首里大名町です。

              次の写真は東から見た馬場で、こちらがゴール。



              次に西から見た馬場で、こちらがスタートです。




              平良馬場は、識名馬場とともに琉球王府直轄の馬場で、平良真地(テーラマージ)とも呼ばれていました。長さは278メートル、幅は18メートルあったそうです。


              馬場の近くにこんな案内板があり、



              馬場中央付近に御桟敷(ウサンシチ)跡、東側に馬浴せ小堀(ウマアミシグムイ)跡とあります。

              琉球競馬の馬場は、馬場の両側に土手が築かれ、そこに琉球松が植えられていました。そして、桟敷席が用意されていたのですね。

              平良馬場は王府直轄の馬場でしたから、琉球国王が御桟敷に座り、競馬を観戦することもあったようです。

              馬浴せ小堀は競馬の前後に馬を洗う水溜りのことです。

              どちらも見てみたいものです。

              ところが、いくら探しても、桟敷跡も小堀跡も見つかりませんでした。つまり、文字通りの「跡地」ってことのようです。


              こちらは今帰仁村に残る仲原(なかばる)馬場跡。素晴らしいです。

              20120209000624_0.jpg


              平良馬場跡は住宅地ですから、こんな状態にするのは無理でしょう。だけど何か、当時を偲ぶものが欲しい気がします。

              桟敷跡や小堀跡を復興すると、ちょうどいい感じになりそうですけどね。どちらの跡地も空き地でしたしね。

              どなたにお願いしたらいいのかわかりませんが、ご検討方、よろしくお願いいたします。

              パンパン(拝んだ音です)


              繁多川自治会が作った「繁多川マップ」

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                那覇市立図書館の繁多川分館の壁に、こんな地図がありました。

                繁多川マップです。大きな地図を写真に撮ったので、解像度はイマイチです。

                20120824181754_0.jpg

                分館の書籍棚の一番奥の壁に貼り付けてあります。

                その一部を拡大しますと。

                先日投稿しました、墨と硯と筆の位置が記載されています。

                20120824182002_0.jpg

                そして、その場所に行くと、このような案内板があります。

                繁多川自治会が、地域の史跡を調べ、地図にし、案内板を設置してるのです。その数46ヶ所。

                20120824182124_0.jpg

                その一部は、以前、繁多川文化財案内板コレクションとして、紹介しました。

                このようにしていただけると、歩いて周る気持ちになりますし、案内板を読むと史跡への理解が深まります。


                他の自治体が、同じような取り組みをすれば、沖縄県民に限らず、観光客にも人気が出ると思います。

                もし、沖縄の自治体が「観光客がわざわざ見に来るかねぇ」と思っているのなら、大間違い。

                まず、やってみることだと思いますね。


                識名の大石(森)公園

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                  大石公園は、那覇市の西側、識名台地へつながる斜面の中腹にあります。

                  入口のダイオウ椰子を見上げながら、

                  20120705072757_0.jpg

                  こんな坂道を登ると、

                  20120705072823_0.jpg

                  さらに、こんな丘がありまして、

                  20120705072846_0.jpg

                  そこから、那覇市街が一望できます。

                  20120705072908_0.jpg

                  写真の中央、国際通りの那覇タワーが、頭一つ出ています。背後に東シナ海がよく見えてますね。

                  肉眼では、チービシの珊瑚礁が見えてますが、写真ではわかりません。カメラの性能が悪いと言うより、人の眼の性能が良いってことですね。


                  近所の自治会が、この公園の一角でオキナワすずめうりを育ててると聞いたので、公園を通り抜けしました。ところが、この日は紫外線レベルが最強で、マジで命の危険を感じるほど。残念ながら、すずめうりの捜索は延期です。


                  首里三箇の観光ガイド

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                    JUGEMテーマ:地域/ローカル

                    直近13本の記事で紹介した風景は、前の日曜日に周ったものです。

                    金城ダムの大アカギ前を10時にスタートしました。

                    20120327211119_0.jpg

                    すぐ近くには、こんなガジュマルもあります。

                    20120327211150_0.jpg

                    そのガジュマルのそばにヒジ川橋があります。

                    そこから、ヒジ川ビラの石畳道を上り、儀間真常の墓に到達します。

                    少しだけ歩くと御茶屋御殿の石造獅子があります。

                    そこが首里崎山町ですから、北に坂道を下り、首里城東壁酒造会社崎山樋川首里城継世門、プラス首里鳥堀町首里崎山町首里赤田町を周ります。

                    狭い地域ですが、地図を頼りに効率良く周りましょう。

                    その後、龍譚通りに出て天王寺跡へ行きます。

                    で、私は、その向かいの首里図書館で戦後沖縄の女傑二人を借りたのでした。

                    ここまで、3〜4時間です。

                    首里城の駐車場に車を停めて、逆方向に周れば、ヒジ川ビラが下りになるので、楽ですし、時間短縮ができます。ただし、金城ダムから首里城に戻るのはタクシーになります。

                    それから、モノレール首里駅から首里城は遠いか?をくっつけることもできます。

                    見晴らしの良い場所で休憩を入れながら、よんな〜よんな〜周りましょう。

                    首里三箇の散歩(8)首里赤田町

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                      JUGEMテーマ:地域/ローカル

                      首里赤田町は、鳥堀町と崎山町に挟まれた位置にあり、名前の由来は赤い土壌です。

                      町内で撮った写真を追加します。

                      赤田首里殿内(すいどぅんち)の跡地には、町の集会所「赤田クラブ」があります。

                      20120326002707_0.jpg

                      少々安普請ですが、集まりたくなる雰囲気の集会所でした。

                      20120326002730_0.jpg

                      町の標識に従って歩くと、

                      20120326002955_0.jpg

                      琉球料理の有名店「赤田風(ふう)」があります。

                      20120326003018_0.jpg

                      沖縄そばの超有名店「首里そば」も赤田町内です。




                      以下、首里赤田町の過去の記事です。

                      10.11.7沖縄そばの店「首里そば」

                      11.03.29沖縄の石橋(3) 下原橋と長堂の石橋

                      11.12.31沖縄のわらべ歌「赤田首里殿内」(1)

                      11.12.31沖縄のわらべ歌「赤田首里殿内」(2)

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