大石公園の種子取祭?

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    先週の土曜日に、識名の大石公園で「ひまわり祭り」が開催されたようです。



    それから4日しか経っていないので、まだ、ひまわりは満開のはず。仕事が終わった夕方、行ってみました。


    「なにしとんねん。」



    祭りに合わせて種をまいたそうですが、今年の夏は日照時間が長かったのか、二週間も早く開花し、祭り当日にはすっかり終わっていたそうです。

    第一回ひまわり祭りは種子取祭りになってしまいました(泣)。

    自宅からバイクでたったの5分。少しは様子を見に行くべきでした。


    いや〜、夕陽がきれいだった。



    悔しいわぁ〜。


    首里から与那原への道(御殿から赤田御待所)

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      先週投稿した「聞得大君(チフィジン)の御新下り(ウアラウリ)」に関連してもう少し。

      聞得大君の御殿、つまり住まいは、首里城近辺に何ヶ所かあったようですが、一般的には、首里汀良町にあった御殿を指すようです。現在の首里中学校の敷地です。

      以前、何か痕跡が無いものかと、中学校の周囲をグルグル歩きましたが、まったく何もありませんでした。


      御新下りに出発した大君一行は、まず首里城正殿で何らかのセレモニーを行い、その後、園比屋武御嶽で出発の報告と道中の安全祈願を行いました。

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      首里城南側の道を崎山馬場へ進みます。

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      馬場を抜けた、現在の大角座(ウフカクジャー)歩道橋の手前あたりに赤田御待所(ウマチドゥクル)がありました。首里の古地図にも示されていますね。



      現在の地図では、このピンの位置です。



      御待所は、首里から東御廻り(アガリウマーイ)や、御新下りに出向いた一行が、首里へ帰って来た時に、坂迎(サカンケー)を行う場所でした。

      坂迎の大和語読みは「さかむかえ」。村から伊勢や熊野へ出向いた一行を、村境で見送り、帰って来た時には、その場所で祝宴を開きました。

      つまり坂迎えは境迎えですね。

      赤田御待所の今、ていうか今日です。



      そこには民家が建っていました。当時を偲ぶものがあるとすればこの石垣でしょうか。



      ただし、この石垣が御待所の遺構なのかどうか。あまり自信ありません。

      (続く)


      首里山川町の琉球士族屋敷跡

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        先日、首里の桃原通り周辺で、「さくの川」「加良川(カラガー)」などの井戸を見て歩きました。

        このあたりには、かつて、首里城を取り囲むように形成された、琉球士族屋敷がありました。

        戦前の写真を見ますと、そこには、琉球らしい、実に美しい街並みがあったことがわかります。








        国王直系の士族などの屋敷は「御殿」、その他の士族の屋敷は「殿内(ドゥンチ)」と呼ばれました。

        桃原通りには、松山御殿の跡地があり、龍潭通りには中城御殿の跡地がありますが、いずれの屋敷も沖縄戦で失われていて、石垣塀や井戸が残るだけです。

        沖縄に現存する士族屋敷は、石垣島の宮良殿内だけ。北中城村には中村家の古い屋敷がありますが、豪農の屋敷ですから、御殿や殿内と呼べません。


        首里山川町には、こんな感じの石垣塀が残っています。





        戦前の首里をイメージするには、こうした石垣塀や、石畳道、井戸などを見て歩きつつ、それ以外の物を、記憶から消す努力が必要です。

        これがなかなか大変で(笑)。


        首里城近辺の井戸から、「キングオブ井戸」を選ぶとすれば、松山御殿の敷地内にある世果報御井小(ゆがふーうんかーぐわー)指司笠樋川(さしかさひーじゃー)に決まりです。

        「異論のある方は、どこからでもかかってきなさい。」と言いたい(笑)。

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        井戸の造形が美しいことはもちろんですが、松山御殿の広い敷地内にあることから、余計な物が視界に入らず、タイムスリップが容易なんですね。

        首里城へお越しの際に、松山御殿にも是非、お立ち寄り下さい。敷地内に、フレンチだったかイタリアンだったか、レストランもあります。


        平良馬場の様子

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          かつて琉球競馬が開催された平良馬場(テーラゥンマウィー)の跡地を訪ねました。場所は那覇市首里大名町です。

          次の写真は東から見た馬場で、こちらがゴール。



          次に西から見た馬場で、こちらがスタートです。




          平良馬場は、識名馬場とともに琉球王府直轄の馬場で、平良真地(テーラマージ)とも呼ばれていました。長さは278メートル、幅は18メートルあったそうです。


          馬場の近くにこんな案内板があり、



          馬場中央付近に御桟敷(ウサンシチ)跡、東側に馬浴せ小堀(ウマアミシグムイ)跡とあります。

          琉球競馬の馬場は、馬場の両側に土手が築かれ、そこに琉球松が植えられていました。そして、桟敷席が用意されていたのですね。

          平良馬場は王府直轄の馬場でしたから、琉球国王が御桟敷に座り、競馬を観戦することもあったようです。

          馬浴せ小堀は競馬の前後に馬を洗う水溜りのことです。

          どちらも見てみたいものです。

          ところが、いくら探しても、桟敷跡も小堀跡も見つかりませんでした。つまり、文字通りの「跡地」ってことのようです。


          こちらは今帰仁村に残る仲原(なかばる)馬場跡。素晴らしいです。

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          平良馬場跡は住宅地ですから、こんな状態にするのは無理でしょう。だけど何か、当時を偲ぶものが欲しい気がします。

          桟敷跡や小堀跡を復興すると、ちょうどいい感じになりそうですけどね。どちらの跡地も空き地でしたしね。

          どなたにお願いしたらいいのかわかりませんが、ご検討方、よろしくお願いいたします。

          パンパン(拝んだ音です)


          繁多川自治会が作った「繁多川マップ」

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            那覇市立図書館の繁多川分館の壁に、こんな地図がありました。

            繁多川マップです。大きな地図を写真に撮ったので、解像度はイマイチです。

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            分館の書籍棚の一番奥の壁に貼り付けてあります。

            その一部を拡大しますと。

            先日投稿しました、墨と硯と筆の位置が記載されています。

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            そして、その場所に行くと、このような案内板があります。

            繁多川自治会が、地域の史跡を調べ、地図にし、案内板を設置してるのです。その数46ヶ所。

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            その一部は、以前、繁多川文化財案内板コレクションとして、紹介しました。

            このようにしていただけると、歩いて周る気持ちになりますし、案内板を読むと史跡への理解が深まります。


            他の自治体が、同じような取り組みをすれば、沖縄県民に限らず、観光客にも人気が出ると思います。

            もし、沖縄の自治体が「観光客がわざわざ見に来るかねぇ」と思っているのなら、大間違い。

            まず、やってみることだと思いますね。


            識名の大石(森)公園

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              大石公園は、那覇市の西側、識名台地へつながる斜面の中腹にあります。

              入口のダイオウ椰子を見上げながら、

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              こんな坂道を登ると、

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              さらに、こんな丘がありまして、

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              そこから、那覇市街が一望できます。

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              写真の中央、国際通りの那覇タワーが、頭一つ出ています。背後に東シナ海がよく見えてますね。

              肉眼では、チービシの珊瑚礁が見えてますが、写真ではわかりません。カメラの性能が悪いと言うより、人の眼の性能が良いってことですね。


              近所の自治会が、この公園の一角でオキナワすずめうりを育ててると聞いたので、公園を通り抜けしました。ところが、この日は紫外線レベルが最強で、マジで命の危険を感じるほど。残念ながら、すずめうりの捜索は延期です。


              首里三箇の観光ガイド

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                直近13本の記事で紹介した風景は、前の日曜日に周ったものです。

                金城ダムの大アカギ前を10時にスタートしました。

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                すぐ近くには、こんなガジュマルもあります。

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                そのガジュマルのそばにヒジ川橋があります。

                そこから、ヒジ川ビラの石畳道を上り、儀間真常の墓に到達します。

                少しだけ歩くと御茶屋御殿の石造獅子があります。

                そこが首里崎山町ですから、北に坂道を下り、首里城東壁酒造会社崎山樋川首里城継世門、プラス首里鳥堀町首里崎山町首里赤田町を周ります。

                狭い地域ですが、地図を頼りに効率良く周りましょう。

                その後、龍譚通りに出て天王寺跡へ行きます。

                で、私は、その向かいの首里図書館で戦後沖縄の女傑二人を借りたのでした。

                ここまで、3〜4時間です。

                首里城の駐車場に車を停めて、逆方向に周れば、ヒジ川ビラが下りになるので、楽ですし、時間短縮ができます。ただし、金城ダムから首里城に戻るのはタクシーになります。

                それから、モノレール首里駅から首里城は遠いか?をくっつけることもできます。

                見晴らしの良い場所で休憩を入れながら、よんな〜よんな〜周りましょう。

                首里三箇の散歩(8)首里赤田町

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                  首里赤田町は、鳥堀町と崎山町に挟まれた位置にあり、名前の由来は赤い土壌です。

                  町内で撮った写真を追加します。

                  赤田首里殿内(すいどぅんち)の跡地には、町の集会所「赤田クラブ」があります。

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                  少々安普請ですが、集まりたくなる雰囲気の集会所でした。

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                  町の標識に従って歩くと、

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                  琉球料理の有名店「赤田風(ふう)」があります。

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                  沖縄そばの超有名店「首里そば」も赤田町内です。




                  以下、首里赤田町の過去の記事です。

                  10.11.7沖縄そばの店「首里そば」

                  11.03.29沖縄の石橋(3) 下原橋と長堂の石橋

                  11.12.31沖縄のわらべ歌「赤田首里殿内」(1)

                  11.12.31沖縄のわらべ歌「赤田首里殿内」(2)

                  首里三箇の散歩(7)首里崎山町

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                    JUGEMテーマ:地域/ローカル

                    首里崎山町は首里三箇の南側の町です。

                    崎山町のさらに南は、金城ダムに下る急な坂道、というよりほぼ崖になっていて、その標高差は70メートルもあります。

                    だから、那覇方面の眺めが抜群です。

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                    町内で撮った写真を追加します。

                    崎山馬場(競馬場)跡の直線道路と、

                    20120326002638_0.jpg

                    雨乞御嶽です。水飢饉の際には、琉球国王が拝みをしたそうです。

                    円形の石垣に囲まれて、小さな祠がありました。

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                    御茶屋御殿の石造師子を、正面からも、

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                    横からも、写真に撮りました。

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                    正面からの写真は、一瞬ひるみますが、慣れてくればなかなか愛嬌があります。

                    首里三箇の散歩(6)首里鳥堀町

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                      JUGEMテーマ:地域/ローカル

                      首里鳥堀町は首里三箇の北側の町で、このあたりにあった鳥小堀という名の堀に地なんだ町名です。そこにいつも水鳥がいたそうです。

                      町内にある咲元酒造の写真を追加します。

                      咲元酒造入り口にあった、年季の入った標識です。

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                      咲元酒造の工場は、民家風の赤瓦の家でした。

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                      沖縄に咲元という苗字はありませんが、この会社の創業者が佐久本さんで、その漢字を変えて社名にしたそうです。

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