南風原高校郷土芸能部「御結婚ぬ御祝」(3)

0
    JUGEMテーマ:地域/ローカル

    NHK沖縄が2年間、不定期に続けているこの番組は、これまで、南大東島出身の二年生、喜友名可奈子さんを追う内容だったようです。



    ところが今回は、郷土芸能部が県大会で優勝したばかりか、全国制覇まで達成し、そちらにウェイトが移ってしまいました。


    それでも、彼女の日常を紹介した部分がありました。

    ある日、彼女は同郷の後輩をアパートに誘いました。島を出てホームシックになった一年生に、美味しいものを食べさせようとしたのですね。二人は親戚だそうです。


    「大東島の空は青く広いのに、那覇は曇りや雨ばかり。」と嘆く一年生に、私は見覚えがありました。

    以前投稿した、南大東島の姉妹ユニット大東人(だいとうんちゅ)



    手前がお姉さんの知念愛奈さん。

    彼女はこの春、南風原高等学校に進学したのでした。私は彼女のお父さんのTwitterでそれを知っていましたが、南風原を選んだ理由が、昨日わかりました。


    大東人はオリジナル曲を持ち、CDも出し、本土で民謡ライブもやっています。言わばセミプロ。

    そんな子が一年生にいるんですからねぇ。う〜む。郷土芸能部、恐るべし。


    ところで、ホームシックはどうなったのか。彼女のTwitterによれば、4ヶ月前にボーイフレンドができたそうで、これからも二人で生きてゆくと(笑)。

    いやぁ、良かった良かった。時間が無いだろうけどうまくやってね、と思ったけどちょっと待て。

    今が9月で、4ヶ月前。ってことは5月やないの。入学の翌月か?

    大丈夫か?[何でよ(笑)]


    郷土芸能部は、優秀賞受賞者として、先月、東京国立劇場で「御結婚ぬ御祝」を上演し、大好評だったそうです。

    本当におめでとうございます。

    (終わり)

    南風原高校郷土芸能部「御結婚ぬ御祝」(2)

    0
      JUGEMテーマ:地域/ローカル

      今年の全国高校総合文化祭は滋賀県で開催されました。7月29日からの3日間の日程で、全国の県大会を勝ち抜いた56チームが参加しました。

      大会会場に到着した郷土芸能部の生徒達は、全国大会のレベルの高さに驚きます。青森の津軽三味線、島根の石見神楽、徳島の阿波踊り・・・

      見たことが無い芸能ばかり。生徒達は自信を失ってしまったかのようでした。

      そして、リハーサルの出来は散々でした。

      指導教師は「技はできているが、それだけだ。」と。

      本番直前にそんなこと言われても(笑)


      これは私の解釈ですが、郷土芸能部の生徒達は楽しめてないようでした。

      セリフや所作などを間違い無くやろう、練習の成果を発揮しようなどと、入学試験の受験生の姿に似て、躍動感が無くカチカチです。

      先人達の努力により、郷土芸能は今日まで築かれ、引き継がれてきました。重厚な歴史があるのですから、厳しい稽古を重ねてきた部員達は、安心して楽しめば良いのです。

      本来、郷土芸能とはそういうものでしょう。演者が楽しむからこそ、観客が楽しめる。


      指導教師が技術的には必ずしもトップではない二人を主役に大抜擢した意図も、そこにあったように思えます。

      実力派の三線奏者が地謡を務め、本来の主役が助演してくれているのですから、何の心配もいりません。


      大会の3日間が過ぎ、各県各チームの演技が終わりました。いよいよ成績発表です。

      全国高校総合文化祭では、優良賞が2チームに、その上の優秀賞が、やはり2チームに与えられます。

      まず、優良賞。

      新潟県立羽茂高等学校
      「佐渡民謡〜芸能と文化の島より〜」

      パチパチパチ!!

      沖縄県立八重山農林高等学校
      「稲粟の稔り(いにあわぬなおり)」

      え〜〜〜っ!!(私の声)

      まずいんじゃないのか?

      沖縄の高校ですから、もちろん嬉しいのですが、トップ4校に沖縄が2校ってありえますかね。

      審査員が「じゃあ、沖縄はこんなところで」とか言いそうで心配です。


      続いて、優秀賞。

      熊本県立牛深高等学校
      「牛深ハイヤ節」

      パチパチパチ!!

      南風原高等学校の生徒達は客席にいます。受賞校が発表される度に、隣の席の子と手と手を握りあい、緊張した面持ちで舞台を見つめています。


      「最後の一校を発表します。文化庁長官賞 優秀賞 。沖縄県立南風原高等学校。」

      号泣する生徒達。

      もう、泣く以外は何もできない(笑)。

      観客席後方の父兄席も、涙、涙。

      ついでにおじさん(私)も泣きました。


      表彰式が終わり、生徒達は会場の外に出てきました。

      主役を演じ切った新郎新婦の二人は、「これからもいい夫婦でいようね。」って(笑)。

      いつのまにか始まるカチャーシー。それを見て、見よう見まねで輪の中に入る他校の生徒達。


      いやぁ、いい番組でした。



      (もう少しだけ続く)


      南風原高校郷土芸能部「御結婚ぬ御祝」(1)

      0
        JUGEMテーマ:地域/ローカル

        昨夜、NHK沖縄で、南風原高校芸能部の特集番組がありました。

        南風原高校は私の自宅から徒歩圏内にあり、私が勝手に地元意識を持っている学校です。


        喜友名(きゆな)可奈子さんは南大東島出身の2年生。この番組は、彼女が十五の春を迎え、島を出た頃から取材を続けているようです。



        後で知りましたが、喜友名さんは南大東島でポロジノ娘のリーダーだったそうです。つまり、南大東島の小中学生ではトップクラスの実力の持ち主だったということ。

        他にも、「4歳から琉舞をやってます」みたいな生徒がゴロゴロいて、その子達が、早朝、昼休み、放課後と、毎日稽古を続けているのですから、芸のレベルは高く、部内の競争も激しそうです。


        さて、今年、郷土芸能部が取り組む演目は「御結婚ぬ御祝」。「うにびちぬゆうえ」と読みます。

        郷土芸能部は、昨年の沖縄県大会で優勝しており、今年の全国大会(全国高校総合文化祭)への出場権を持っています。

        番組は、全国大会に向けた部員の練習風景を追いました。


        「御結婚ぬ御祝」はタイトルの通り、沖縄の結婚式です。主役は新郎新婦。





        キャスト発表の日、新婦役、新婦役に選ばれたのは、本人達はもちろん、他の部員達もが「何かの間違いじゃないの?」と思うような女の子二人。

        大抜擢でした。



        そして、昨年の沖縄県大会で花嫁役を演じた女の子には準主役のパーパー(お祖母さん)役が与えられました。

        彼女は美人でスタイルも良く、芸能部のエースのようでしたが、あえて彼女をパーパー役に回し、主役の二人を下支えさせたのでしょう。

        主役、準主役のキャスティングは大成功でした。

        (続く)


        ウルトラマンの生家

        0
          JUGEMテーマ:地域/ローカル

          南風原町津嘉山にある料亭「松風苑」。



          ウルトラマンを生んだ金城哲夫さんの生家です。

          中学卒業後、東京の高校に進学した金城さん。25歳の時、円谷プロダクションに入社し、「ウルトラQ」、「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」などの企画・脚本を担当しました。



          復帰前の時代。金城さんの意識には、他国に統治された故郷沖縄が常にあり、ウルトラマンの脚本には、沖縄の立場を反映したかのような箇所が、何ヶ所もあるそうです。

          小学生の私がそんなことに気付く訳は無く、毎回点滅するカラータイマーに、ハラハラドキドキするばかりでした。


          ところで、今になってわかりましたが、チブル星人の「チブル」ってウチナーグチじゃないですか。



          そして、ウルトラマンの顔の原型は、サキシマスオウの種ではないかという噂もあります(笑)。




          ウルトラマンの大ヒットで、金城さんは一流脚本家の地位を獲得しました。しかし、その後は、いくら良い作品を作っても、常にウルトラマンを超えることを求められることになります。やがて金城さんは円谷プロダクションを退職し、失意のまま沖縄に帰ってきました。

          その頃の沖縄と言えば、本土復帰と海洋博。思えば、巨額の振興予算が沖縄に注ぎ込まれたのはこの時期からでした。特に海洋博の利権は沖縄を狂乱状態にしました。

          その海洋博のプロデューサーに就任した金城さんは、沖縄の復興を実現したい気持ちで仕事に取り組んだはずでした。ところが、その気持ちとは裏腹に、満足のいく仕事はできませんでした。特に、ウチナーンチュから、本土側の人間とみなされたのは辛かったようです。


          松風苑の敷地内、離れの2階には、金城さんの仕事部屋が残っています。ゆかりの品が展示されていて、希望すれば入れてもらえるとのこと。

          ある日、金城さんは仕事部屋に続く外階段を上り、部屋に入ろうとして、鍵が無いことに気づきます。そして、窓から部屋に入ろうとして転落してしまいました。彼は泥酔状態だったそうです。


          本土での成功と挫折。そして、海洋博の狂乱に巻き込まれ、その後の転落死。金城さんは、沖縄への想いを果たせないまま逝ってしまいました。享年37歳。

          仕事部屋を見せていただくのは気が進みません。彼の心情を察すれば、ちょっと辛いものがありますからね。

          彼の半生を描いた書籍を見つけたので、まず、それを読んでみようと思います。




          「シュワッ!!」


          首里から与那原への道(下原橋から大名ヒージャーガー)

          0
            JUGEMテーマ:地域/ローカル

            下原橋を渡った御新下りの一行は、古道を南東へ進みます。



            地図上のピンが示すのは、大名ヒージャーガー。県道240号線沿いにある、250年前の井戸です。



            下原橋から先、古道は沖縄自動車道や病院などで寸断されています。この標識の近くにある病院の裏手でも、一旦途切れますが、かつては、この井戸の前に繋がっていました。



            井戸の前の坂道を、ヒージャーガービラと呼びます。坂道を下りてきた大君一行は、木立のあたりで休憩し、井戸の水で喉の渇きを潤したそうです。




            木立の横の階段を登ったところに、その井戸があります。



            私は以前、この井戸を訪れたことがあったのですが、立派な井戸という他、特に話題も無くブログには投稿しませんでした。



            今回、御新下りの道中、大君がこの井戸に立ち寄っていたことを知り、井戸に付加価値がつきました。

            大君は「美味しい水」だと褒めたそうです。

            井戸の側には小さな石碑があります。文字を読み取ることはできませんが、湧き水の水量が多く、ヒージャーガービラが水浸しになるので、治水を目的として井戸を築いたということが記されているそうです。




            ここから与那原へ続く道を私は知りません。

            現在の県道240号線に沿って歩いたと思いますが、ブルドーザーの無い時代、今のように真っ直ぐな道ではなかったはず。県道と合流したり離れたりしながら古道が続いていたのだと思います。


            当時、大名ヒージャーガーから最短距離で斎場御嶽へ向かうには、南風原間切の番所を経由して大里に出て、大里から山越えし、佐敷に出るルートがありました。(島尻方東街道)

            御新下りの一行は、与那原を経由するので、そのルートは通らず、少し遠回りをしていたことになりますね。

            (終わり)


            首里から与那原への道(赤田御待所から下原橋)

            0
              JUGEMテーマ:地域/ローカル

              さて、首里の外れの赤田御待所を出発した大君一行は、どの方向へ向かったのか。

              地図を見ましょう。大角座歩道橋から南風原に向かう市道(鳥堀南線)がありますが、琉球王朝の時代には無かった道です。

              再度、地図を睨みつけると古道が見えてきますね。次の目標にピンをうちました。



              県道82号線で分断されていますが、県道を消してしまえば、古道が南東へ繋がっていることがわかります。


              大角座歩道橋と、



              歩道橋上からの景色です。



              写真左奥に知念の山がチラッと見えます。御新下りの一行はあの山の向こうにある斎場御嶽を目指したのです。

              写真右端のカーブを曲がると、那覇インター入口。ちょうどそのカーブのあたりに、南風原へ下りる古道があります。その急坂を下ると川があり、そこには小さな石橋が架かっています。(地図上のピン)

              その石橋は下原橋(シチャーラバシ)。那覇市内では少なくなりましたが、現存する琉球王朝時代の石橋です。



              首里の古地図には、このように。



              石橋の下を流れる川は安里川で、下流には金城ダムがあります。

              下原橋までが首里赤田町。橋を渡ると南風原町です。橋を渡るだけでは石橋だということには気付きませんね。



              当時の幹線道路ですが、今は交通量が少なく、道路を拡張する必要が無いので、石橋が生き残りました。

              (続く)


              聞得大君の御新下り(備忘メモ)

              0
                JUGEMテーマ:地域/ローカル

                聞得大君の御新下りは、概ね、以下の行程で行われたようです。

                (聞得大君御殿を出発)
                早朝、大君は多数のノロや女官を従え、御殿を出発。首里城正殿、園比屋武御嶽を参拝し、一行は与那原へ向かう。

                大君は白馬に乗り、道中、ノロらは琉球古謡「クェーナ」を謡う。


                (与那原浜に到着)
                与那原浜の仮屋で、大里南風原ノロや神女らの出迎えを受ける。ノロや神女たちは斎戒沐浴し、髪を後ろに垂らし白い神衣の精進姿。

                大君は御殿山の拝所で御水撫で(ウビーナディー)を受け、親川(ウャガー)で手を清め口をすすぐ。仮屋の前ではノロや神女がクェーナを謡い舞う。


                (佐敷、知念)
                午後3時頃与那原浜を出発した一行は、大里南風原ノロらの案内で斎場御嶽へ向かう。

                佐敷と知念の境で、知念玉城ノロや神女らの出迎えを受ける。途中の急坂で、大君は馬から籠に乗り換え、午後9時頃斎場御嶽に到着。


                (斎場御嶽に到着)
                斎場御嶽前に築かれた仮御殿で小休憩。

                仮御殿は国頭のサバクイにより建設された。また、久高島から白砂が運びこまれ式典会場に敷き詰められた。それら式典の準備には半年を要した。


                (式典の始まり)
                午後10時頃、久高島久高ノロが白馬に乗って到着し、知念玉城ノロらが出迎える。

                総勢70余名のノロ、神女らが揃ったところで、仮御殿を出た大君は、一行を従えて大庫裡(ウフグーイ)に向かう。ノロらはクェーナを謡う。


                (三殿巡祭)
                一行は、大庫裡、寄満(ユインチ)、三庫裡(サングーイ)の順に御願を行い、大庫裡に戻る。


                (本儀式)
                大庫裡で行われる本儀式の司祭は久高島久高ノロ。進行役は知念玉城ノロ。

                上座に大君が座りノロらが円座を組む。久高島外間ノロが大君の頭上に王冠を載せ、神女たちが総立ちしクェーナを謡う。

                (略)

                午前3時頃に儀式が終わり、大君は仮御殿に入る。金屏風を立て、黄金枕をおいた部屋に休み、神を迎える(聖婚が成立する)。


                (式典の終了)
                翌朝の日の出を拝し知念玉城ノロの進行で、久高島久高ノロが掌典し、クェーナを斉唱し儀式を終了する


                (聞得大君御殿へ帰着)
                正午ごろ玉城グスク、受水・走水、ミントングスクを廻り、夜遅くに聞得大君御殿に帰着する。


                私はこれまで何度か、斎場御嶽を訪ねています。御嶽の中で、霊的な何かを感じることがありました。胸騒ぎがするような、この場にいてはいけないような感覚です。

                御嶽の雰囲気から、神の存在を感じ取っているのかなと、これまで漠然と考えていましたが、どうやらそれは違いますね。

                私が感じていたのは、神の存在ではなく、人の気配でした。それは、私が立っているその場所で、クェーナを謡ったノロたちの気配だったのでしょう。

                もちろん、私には神の存在やノロの気配を感じる能力はありません。錯覚だとしても、そう考えるとしっくりくるということです。


                沖縄の浦島太郎

                0
                  JUGEMテーマ:地域/ローカル

                  南風原町周辺は、ちょっとした民話の里です。

                  南風原町宮城には羽衣伝説があり、運玉森には沖縄版鼠小僧次郎吉の運玉義留(うんたまぎる)の住処がありました。

                  そして、南風原町与那覇に住んでいた穏作根子(ウサンシー)は竜宮城へ行ったんです。

                  内地の浦島太郎は、子供にいじめられていた亀を助けましたね。穏作根子は浜でイリガン(付け毛)を拾ったら、持ち主の女性が現れたんです。

                  そして、その女性に竜宮城へ招かれ、故郷に戻ってみると、ものすごい時間が過ぎていたと。

                  竜宮城に行ったのは、浦島太郎だけじゃなかったんですね。


                  こちらが、穏作根子のお墓です。



                  そして、このお墓の周囲が御嶽になっています。ウサン御嶽。



                  「浦島太郎伝説の地」ってのは変ですね。だって、浦島太郎はナイチャーですからね。


                  南風原町大名の照喜名商店など

                  0
                    JUGEMテーマ:地域/ローカル

                    私は午後の配達中です。南風原町大名(おおな)の三叉路に、数本のガジュマルが密集してまして、そのガジュマルに包まれた建物があります。



                    近寄ってみると雑貨屋さんでした。照喜名商店。



                    店先に長椅子を置いてくれませんかね。そこで小学生が、かき氷でも食べてくれると絵になりそうです。


                    続きまして、南城市大里のウージ畑。山羊の保育園の近くです。



                    私は毎日、同じ畑の中を車で抜けていますが、今が発育のピーク。本当に、毎日、高さが違います。


                    那覇に戻りまして、古波蔵の喫茶店「ニーチェ」の緑は今がピークでしょう。深い緑色です。



                    続いてこちらは、与儀のピザの店「ぱーすぬ家」。



                    この両店、住所は古波蔵と与儀ですが、道路を挟んだはす向かいにあります。

                    美味しいピザの後に、美味しいコーヒーってのが定番になれば、共存共栄できますね。そば屋とぜんざい屋みたいに(わかる?)。

                    ぱーすぬ家のオーナーは、本部の人気店「花人逢(かじんほう)」のオーナーと姉妹だそうです。

                    本部の山中で食べるピザと、那覇の住宅地で食べるピザ。どちらが美味しいか、どなたか試して下さい(笑)。


                    午後の配達。車窓からのスナップでした。


                    琉球絣の里を散歩する(シーブン)

                    0
                      JUGEMテーマ:地域/ローカル

                      琉球絣の図柄を紹介します。

                      20130526153056_0.jpg


                      「トウイグァアー」
                      仲良く飛ぶ二羽の鳥(小)。人気の図柄です。

                      20130526173022_0.jpg


                      「トゥイグワー」
                      一つ上と発音が違うのは何故でしょうね。

                      20130526203322_0.jpg


                      「カキジュー」
                      鍋や道具をつるすフックです。

                      20130526203300_0.jpg


                      「ブリブサー」
                      これは群星。

                      20130526203344_0.jpg


                      「イチチマルグムー」
                      五つの雲です。

                      20130526203406_0.jpg


                      「経緯(たてよこ)絣」
                      絣の図柄は経糸と緯糸で描きます。つまり経度と緯度。

                      20130526203426_0.jpg


                      「ミミチキトーニー」
                      トーニーは四角い容器。耳付きです。

                      20130526203447_0.jpg


                      「ピックー」
                      鼈甲と、その中に花。

                      20130526203508_0.jpg


                      「ククヌチムチリー」
                      九つの星

                      20130526203530_0.jpg


                      「ハナアシー」
                      段違いに並んだ花

                      20130526203636_0.jpg


                      calendar
                         1234
                      567891011
                      12131415161718
                      19202122232425
                      2627282930  
                      << November 2017 >>
                      プロフィール
                      profilephoto


                      念願の沖縄生活を始めて8年になりました。
                      沖縄の生活、文化、風土、音楽、政治などの話題を投稿しています。
                      Twitter
                      お勧めの本と映画
                      selected entries
                      categories
                      archives
                      recent comment
                      recent trackback
                      profile
                      search this site.
                      others
                      mobile
                      qrcode
                      powered
                      無料ブログ作成サービス JUGEM