南風原ドライブインの閉店

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    南風原ドライブインが今年末で閉店だそうです。



    米国流のドライブインは車に乗ったまま食事ができるレストランを言い、沖縄では屋宜原のA&W(1964年開業)がその第一号店だと思います。

    その後、沖縄のドライブインは「広い駐車場のあるレストラン」に進化し、1970年代の大ブームを迎えました。その数、県内250店。南風原ドライブインの開業は1972年。復帰の年でした。


    ドライブインと言えば、郊外の幹線道路沿いにポツンとあるイメージです。ところが、周辺の宅地開発が進み、ドライブインは街並みに埋もれていきました。南風原ドライブインの前を走る道路はかつての与那原街道ですが、今や何の変哲もない国道です。

    そこで、ドライブインは二度目の進化を果たし、例えば、家族でオバぁの誕生日のお祝いをするような、ちょっと上等なレストランになったのです。


    今も沖縄本島のあちこちでドライブインを見かけます。とは言っても10ヶ所程でしょうか。周辺の飲食店に埋没しながらも、なんとかその存在感を示しています。

    南風原ドライブインの建物は壊さず賃貸するそうですが、新しい店舗は「ドライブイン」の名前は使わないでしょうね。


    南風原町「あの日あの時」

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      読者のへそまがりさんに教えてもらって、南風原文化センターの写真展へ行ってきました。

      写真展のタイトルは南風原町「あの日あの時」



      戦前戦後のスナップ写真集を南風原町が出版したそうで、そこに収録された写真の展示です。南風原町各字の公民館や一般家庭に提供を呼びかけたように見え、私の知らない写真ばかりでした。


      私は沖縄の集落を歩き、集落の方位や周辺の地形を観察し、石畳道や井戸、村獅子、御嶽などを訪ねることを趣味としています。それは、昔の沖縄を訪ねる散歩です。

      今は枯れてしまった井戸に立ち、その井戸が現役だった頃の賑わいを想像してみます。後にその井戸の古い写真を見つけたりすると、想像通りであろうが無かろうが、それはもう、嬉しくて嬉しくて(笑)

      そのあたりを理解いただいているへそまがりさんが写真展に来られ「こりゃあ、Cが喜びそうだ」と考え、知らせて下さったということ。ありがとうございます。


      かつて、南風原町の喜屋武集落にワイトゥイ(切り通し)がありましたが、新しい道路が開通し(南風原文化センターの前の道路)、今は影も形もありません。

      先日、私はその付近をウロウロし、黄金森の稜線や昔の道筋などから、ワイトゥイをなんとか想像してみました。

      この日の写真展では、例えば、そのワイトゥイの写真が、突然、目の前に現れたりするので堪りません。思わず「へぇ〜」と声が出ました。嬉しいわぁ〜(笑)


      ところで、そもそもな話ですが、このような写真展に来る人は、昔の南風原を知ってる人ですよね。昔の記憶と写真を照合したり、失われていた記憶が写真によって蘇ったり、それが楽しいはず。

      ですから、南風原に住んだことのないナイチャーの私が、昔の南風原の写真を見て、それがどうなのかって話です。普通はね。

      ところがですね。分かるんですよ、ワタクシ。初めて見る写真なのに、一枚一枚の写真が何処で撮られたものなのか、かなりの確率で分かります。

      かくしてこの写真展で、私の脳内にある「昔沖縄(ンカシウチナー)」の南風原地区は大幅に更新されたのでした。


      印象に残った写真を一枚紹介します。玉那覇ノロ(1992年)。



      現在の津嘉山集落は三つの村が合併したもので、それ以前にあった玉那覇村のノロです。

      これまで見たノロの写真は、近寄りがたい緊張感がありましたが、玉那覇ノロの表情が穏やかなこと。曾孫を抱いていても似合いそうです。

      考えてみれば、祭祀の場を離れれば、ノロも普通のオバぁなんだなぁと、当然のことに気づいたのでした。

      いやぁ、楽しかった。


      南風原町の極楽鳥花

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        南風原町の民家の庭先で極楽鳥花(ストレリチア)を撮りました。しかし、ケバい色ですねぇ(笑)



        切り花用に需要があり、沖縄県は極楽鳥花の生産量が日本一です。その大半が南風原町で栽培されていて、本土に出荷されています。

        陽射しにも乾燥にも強い花なので、ほったらかしでも育ってる感じがあり、雑草的ですらありますが、ホテルのロビーなどに飾ると強い色彩が映えますね。こちらはオレンジではなくて黄色。




        沖縄の亜熱帯気候を象徴する花として、ハイビスカス、プルメリア、ブーゲンビリアなどを思いつき、極楽鳥花もその仲間です。

        確かに、それらの花は沖縄の強い陽射しや青い空によく似合いますが、どこか南国の演出感があって、那覇空港やリゾートホテルにハマる感じです。それから、リッチなお宅(笑)

        一方、私が沖縄らしさを感じるのは、イッペー、月桃、イジュ、デイゴなど。サガリバナもいいです。

        沖縄って、キラキラした明るい島ではなくて、どちらかと言えばジミ〜な島なんですよね、生活感としては。

        「それはお前の好みがそうだって話だろっ」と言われればその通り。

        ところが、観光客として沖縄を訪れた期間と、沖縄で生活した期間がだいたい同じになってきた今日この頃。それに合わせて、花の好みも変わると。

        「年を取っただけとちゃ〜うんか」と言われれば、はぁ、それもまったくその通りでございます。

        (^_^)v


        津嘉山バイパスの歩道橋

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          昨日投稿した津嘉山バイパスを水漏れトンネルから北進すると、那覇東バイパスに合流します。

          そのやや手前に歩道橋がありますが、左端が切れていて、歩くと落ちるので危険です。



          街灯付き、転落防止フェンス付きで上等なのに、



          右側も同じように切れていて、これじゃあ上がれないので、落ちる心配は無いのでした。



          良かったじゃないですか(笑)


          工事中ではなく、何年も前からこのまんまほったらかしです。

          税金の無駄使いとか、計画性が無いとか言う前に、この歩道橋建設を決裁した方は、今、どんな心境なんでしょう。

          やっぱり、チクチクとココロが痛んだりするのかな。と、心配していたら、

          ありゃ!?



          これは車道なのかっ!!

          う〜む。

          やはり、あれか。10年先、20年先の南風原町道路網が描かれていて、この高架道はその布石ってことなのか?

          いよいよその日が来たら、「あっ、こういうことだったのか」と、深く納得するのか?

          私が生きてる間に、なんとかなるのか?




          津嘉山バイパスのトンネル

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            一昨年、那覇東バイパスと空港道南風原南インターを結ぶ津嘉山バイパスが開通しました。

            サンエー津嘉山シティ前(国道507号線)の慢性的な渋滞が解消されるはずでしたが、それほどの効果は得られていないようです。


            津嘉山バイパスを南風原南インターから北へ走ると、二つのトンネルがあります。

            最初が高津嘉山トンネル。



            左のトンネルはいらない気がしますが、どうなのか。

            トンネルであることを示すかのようにカモフラージュ、いや、天井緑化されていますが、そのうちに雨が土を流してしまい、トンネルが剥き出しになりはしまいかと心配です。

            まあ、右のトンネルの上の山が崩れないように、左のトンネルが支えているようにも見えるので、素人は黙っておきましょう。


            続いて、津嘉山トンネル。



            先ほどの高津嘉山トンネルと似ていますが、左のトンネルがトンネルらしく見えてなによりです。

            この地形は「湧き水のしくみ」を説明するには好都合です。山に降った雨が、琉球石灰岩の地下水路を右から左に流れ、山の斜面から噴出します。

            と思ったら、湧き水が噴出するはずの斜面がコンクリートで固められています。

            すると行き場を失った地下水は、こうなります。



            写真ではよく見えませんが、傘が必要なほどの水が落ちています。

            ここ数日、天気が良かったのでこの程度で済んでますが、雨が降った後は水がバシャバシャと音を立てて落ちてきます。

            う〜む。

            素人でも分かる理屈ですが、その点、トンネルのプロはどう考えているのか、ご意見をお聞かせいただきたい。


            津嘉山トンネルを初めて通過される方は、ご注意のほど。いきなり大雨が降ってきたかのようにフロントガラスが濡れ、前が見えなくなります。

            そして二度目からは、あらかじめワイパーを動かして通過下さい。

            ご面倒をおかけ致します m(__)m


            南風原町喜屋武の散歩(4) 泥棒を吊るす木

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              ナカヌカー公園からメーミチを東に進み、公民館に着きました。ここは村屋があった場所で、敷地の北西角に一本の木があるはず。

              ありゃ、無いじゃん。



              この切り株なのか、その横のスペースにあったのか。

              その昔、集落の犯罪者を吊るした木(ブルブルギーまたはヌスドゥサギーギー)があると聞いてましたが、いや、見たかった。

              多くは窃盗や傷害だと思いますが、犯人はスビカリーンされ、村人全員の前にホーラカされ、ヒサマンチさせられたと。(しょっ引かれ、放り投げられ、正座させられた)

              そして、ブルブルギーに吊るされたんですね。木に吊るされるのは想像するよりは辛いでしょうが、どこか優しさを感じますね。「最後は許す」みたいな。


              窃盗、傷害の他には、毛アシビをやっては駄目です。他の集落の毛アシビに加わっても駄目。ブルブルギーです(笑)

              毛アシビってのは、村の原っぱに男女が集まり、太鼓三線で唄ってお酒を呑むわけで、合コンみたいなもんかと思ってたら、ちょっと違うんですねぇ。

              前川守賢さんの大ヒット曲「遊び庭」によれば、

              毛遊びぬ夜や、イソーサ肝どんどん(アリッ)。遊び庭に皆な寄てぃ来う、太鼓三線かたみてぃ来う。

              毛アシビの夜は嬉しくてドキドキするさぁ。皆んな集まって来い!!、太鼓や三線持って来い!!

              アン小達が舞いやよー、ガマクんくんしみてぃ(アリッ)。ヤッチー達が弾ちゅる三線に、フェーシ立てぃとてぃチビふいふい

              姉さん達の踊りはガマクをキュッと締めて、囃子を立てて尻振り振り

              う〜む。そもそも姉さん達がその気なのか。これはお持ち帰り率が高いでしょうね。

              大阪岸和田では、だんじり祭りの夜、姉さん達が沢山お持ち帰りされて、お祭りベィビーが生まれるそうですが、娯楽の少なかった時代、毛アシビはかなり刺激的だったんでしょうね。

              やっぱ、ちょっとしたトランス状態になるのかな?


              などと、考えながら、喜屋武集落の東端に着きました。



              ここは黄金森の南、製糖工場跡です。

              かつては黄金森の稜線がこのあたりまで延びていて、ワイトゥイになってたそうです。県道が開通し、その痕跡はありません。

              古い、と言っても1957年の写真がありました。製糖工場が写っています。



              馬がグルグル回っていたサーターヤーの時代が終わり、製糖機械が導入されました。

              かなり高い位置からの写真なので、先ほどのワイトゥイの端あたりから撮ったのかもしれません。

              今はこんな感じ。



              近くの小学校の入口に、こんな石碑があります。



              「うまうぃーぐゎ跡」、つまり馬場の跡です。

              立派な石碑も結構ですが、花壇や芝生を使うとかして、もう少し、馬場跡を実感できる工夫は無いものかと思いますね。色々書いてありましたが、省略します。


              喜屋武集落のはずれにワイトゥイがあり、その先に製糖工場や馬場があり、一面のサトウキビ畑。そんな風景を想像して、喜屋武集落の散歩は終わりです。

              (終わり)


              南風原町喜屋武の散歩(3) 綱引き

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                黄金森から名護之殿に戻り、喜屋武集落のナカミチ(中道)をナカヌカー(中の井)に下りました。

                ナカヌカーは既に枯れ、今は拝所。近くにあった池も埋め立てられて公園になっています。



                次の写真。手前の芝地は中毛小、奥がナカヌカー公園です。以前、かすりの道を歩いた時に、ここへ来ました。




                公園右手の道がメーミチ(前道)で、旧暦6月の綱引会場です。

                喜屋武集落では生まれた家の門中で、綱引きの東西が決まります。集落内で他の門中に嫁いだとしても、それは変わりません。

                つまり、生まれた家が西なら、生涯、西の綱を引くので、夫婦や親子が東西に分かれることがあります。他の集落では、集落の中ほどにあるスージで東西に分けることが多く、喜屋武集落の組分けは珍しいと言えます。


                しかし考えてみれば、東西を単に住所で分けるより、門中で分けたほうが燃える気がしますね。門中の威信に賭けて綱を引くということ。

                綱引きは夜に行われますが、当日の夕方、西の女の子が東の友人宅へ出向き、

                「今夜の綱引きは延期ってよ〜。明日は頑張ろうねぇ。」

                と声をかけます。

                一方、西の家に嫁いだ東の奥様は、晩酌で亭主にどんどん酒を飲ませ、戦闘不能にします。

                どうしてもオバぁ(西)と一緒に綱を引くと言う孫(東)の申し出に、オバぁは孫と共に東の綱を持ち、西に引いたそうです。

                笑わしますねぇ。

                この綱引きは、カレンダーに書き込む必要があるでしょう。

                (続く)


                南風原町喜屋武の散歩(2) 御願の道

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                  黄金森の頂上で三方に分かれた道。左手に進むと、仏の前(フトゥキヌメー)と呼ばれる拝所があります。



                  黄金森の中でも、仏の前の周辺は「喜屋武シジ(高い所)」と呼ばれていて、言わば喜屋武集落の聖地。年中行事では、各門中の代表がここで拝みをします。

                  「飯上げの道」の名が付けられたのは70年前の沖縄戦以降のこと。それより数百年前から、この道が喜屋武集落の「御願の道」であったことがわかります。


                  飯上げの道を文化センターまで戻り、もう一本の「御願の道」を歩いてみました。場所は町立図書館の裏手です。



                  奥の階段を上がって黄金森に入ります。



                  この道に沿って、下ヌ嶽、中ヌ嶽、上ヌ嶽(イシジャー)と続くはずですが、下ヌ嶽は見あたりませんでした。

                  中ヌ嶽と、



                  イシジャー。

                  (下から)


                  (前から)


                  (横から)


                  この御嶽は、喜屋武集落の始祖と言われている門中が管理しており、その門中と分家の拝所となっています。言い換えれば、それ以外の門中は拝まないということ。

                  例えば、イシジャーの周辺に施された植栽を、始祖の門中の者が伐るのはかまわないが、それ以外の者にはできません。

                  限られた門中だけが拝む御嶽って初めて聞く話で、それが普通のことなのかどうか、ちょと私にはわかりません。


                  喜屋武集落の聖地である黄金森とその西側に広がる喜屋武集落。

                  それを遮るかたちで、県道241号線が開通し、南風原町の文化センター、公民館、図書館などの公共施設が建ちました。

                  「御願の道」が分断されてしまったことになりますが、喜屋武集落の皆さんは、県道が通り、公共施設が建って便利になったと思ってるのか、迷惑してるのか。どっちなんでしょう。


                  一つ前の投稿で紹介した、県道241号線の下をくぐるトンネル。



                  数年前、行政が「防犯上いかがなものか」と言い出して、「御願の道」であり「飯上げの道」でもあるこのトンネルを埋めようとしたことがありました。

                  幸い、今もトンネルは残っているので、その提案は通らなかったんでしょう。

                  (続く)


                  南風原町喜屋武の散歩(1) 飯上げの道

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                    冬の沖縄は雨季。毎日天気が悪くて困ったものです。もちろん、梅雨も雨が多いのですが、土砂降りの後にカラッと晴れたりするので、メリハリがあります。ところが冬の雨は、ダラダラと降ってみたり、止んでみたり。

                    「はっきりせ〜よ」と言いたい。

                    そして日曜日の今日が晴れ。

                    洗濯やらを布団干しやらで忙しく、散歩は近場にしました。南風原町の喜屋武です。

                    喜屋武と書いてキャンと読みますが、発音はチャン。黄金森(クガニムイ)の西側にある集落です。


                    右手から、南風原町の文化センター、公民館、図書館。奥に黄金森。



                    そこから、西に下りた所に名護之殿。



                    喜屋武集落の発祥に関係していることは間違いないようですが、正確なことは集落の人にもわからないとのこと。


                    かつてこの場所には井戸があり、陸軍病院壕の炊事場となったことで有名になりました。

                    黄金森の東側にあった病院壕まで、一斗缶に入れた食事を天秤棒で担いで運んだのはひめゆり学徒でした。

                    砲撃の中、泥に足をとられながら食事を運んだ道は「飯上げの道」として、今も残っています。


                    ひめゆり学徒はこの道を走り、



                    右折して、黄金森に向かいました。



                    奥に見えるトンネルは、文化センター前に新設された県道241号線をくぐるためのもの。

                    「飯上げの道」は文化センターの敷地を横切り、黄金森に入ります。



                    舗装され歩きやすくなった「飯上げの道」を上ります。



                    黄金森の頂上に着きました。




                    道は三方に分かれます。「飯上げの道」は直進し、黄金森の東側に下ります。



                    この下り坂は未舗装で当時のまま。転倒が心配な人は右手の橋を進めば木道が整備されているので、楽に下りることができます。

                    (続く)


                    南風原高校郷土芸能部「御結婚ぬ御祝」(3)

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                      NHK沖縄が2年間、不定期に続けているこの番組は、これまで、南大東島出身の二年生、喜友名可奈子さんを追う内容だったようです。



                      ところが今回は、郷土芸能部が県大会で優勝したばかりか、全国制覇まで達成し、そちらにウェイトが移ってしまいました。


                      それでも、彼女の日常を紹介した部分がありました。

                      ある日、彼女は同郷の後輩をアパートに誘いました。島を出てホームシックになった一年生に、美味しいものを食べさせようとしたのですね。二人は親戚だそうです。


                      「大東島の空は青く広いのに、那覇は曇りや雨ばかり。」と嘆く一年生に、私は見覚えがありました。

                      以前投稿した、南大東島の姉妹ユニット大東人(だいとうんちゅ)



                      手前がお姉さんの知念愛奈さん。

                      彼女はこの春、南風原高等学校に進学したのでした。私は彼女のお父さんのTwitterでそれを知っていましたが、南風原を選んだ理由が、昨日わかりました。


                      大東人はオリジナル曲を持ち、CDも出し、本土で民謡ライブもやっています。言わばセミプロ。

                      そんな子が一年生にいるんですからねぇ。う〜む。郷土芸能部、恐るべし。


                      ところで、ホームシックはどうなったのか。彼女のTwitterによれば、4ヶ月前にボーイフレンドができたそうで、これからも二人で生きてゆくと(笑)。

                      いやぁ、良かった良かった。時間が無いだろうけどうまくやってね、と思ったけどちょっと待て。

                      今が9月で、4ヶ月前。ってことは5月やないの。入学の翌月か?

                      大丈夫か?[何でよ(笑)]


                      郷土芸能部は、優秀賞受賞者として、先月、東京国立劇場で「御結婚ぬ御祝」を上演し、大好評だったそうです。

                      本当におめでとうございます。

                      (終わり)

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